【 それは突然に 】
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【それは突然に =それぞれの真実=】


どうして・・・。
ここに梨江がどうしているの・・・。

体中が一瞬で凍り付き、指先一つ動かせない。

勢いよく扉を開き、その場に立っている梨江の表情は
窓側から差し込む日の光が逆行となり、全く見ることができない。

体が動かせない私は、未だ高瀬さんの胸元にしがみついたまま。

離れなきゃ・・・、そう思っているのに金縛りのように
全く全身を動かすことができない。

これでは、まるで私が高瀬さんに抱きついているようにしか見えない。

違う!!

違う、違うの!!

体を離して梨江に説明をしようとしたいのに、
どうして体が肝心な時に、自分の意志に従ってくれない。

違う・・・、違うの・・・・。

誰か・・・、誰か助けて・・・。

膝の力が抜けてしまい、体が重力の法則に従い
私の体はそのまま垂直に落下していくことを感じた。


「先生!!」

「早紀!!」

2人の声が同時に聞こえたのと同時、私の体は
冷たい床にたたきつけられるはずだった。

けれど、予想に反して、私の体はとても優しくて暖かい物に包まれた。


「早紀? 早紀!!」

「先生!! 坂口先生!!」

視界がうまく定まらない状態で目に映ったのは、
心配そうにのぞき込む、早紀と高瀬さんの顔で
背後から梨江に抱き締められていることに気付いた。

そのとき、懐かしい香りが鼻を掠めた。

あぁ、これは、梨江がしている香水の香りだ。

近くにいてくれるのが当たり前だった梨江の香り。
一瞬にして脳裏に、一緒に過ごした時間の思い出が蘇る。

私とのことが梨江にとっては遊びだったとしても
私はこんなにも梨江の事を想うようになっている。

久しぶりの梨江のぬくもりが体に伝わり、
嬉しくもあり、悲しくもあり、また涙が頬を伝った。


「どうして・・・、梨江がここに・・・。」

涙を止めることができないまま、私はそう口にした。

「どうしてかしらね・・・。それは、ここにいる人に聞きたいくらいだわ。」

「えっ・・・?」

私はクビを捻って、高瀬さんの顔を見る。
高瀬さんは、静かに立ち上がり、私の側から離れた。

「あなたなのね。奏と組んでいたのは。」

「2年の高瀬と言います。奏とは、小学生の時からの幼なじみです。」

「このカードも奏の仕業なのね。」

「いえ、違います。 このカードは、私が植村先生に出したんです。」

「どういうこと?」

「ちょっ・・・、ちょっと・・・、奏さんって・・・?」

高瀬さんと梨江の会話が見えなくて、思わず割り込んでしまう。
2人は一体何を話しているの?

「坂口先生、植村先生、全てをお話します。
 ただ、話しは少し長くなるかもしれません、座って話しませんか。」

高瀬さんの言葉を聞いて、私は体をゆっくり起こし、
梨江に支えながら、近くにあった椅子に座った。
梨江は、私の隣に座り、机を挟んで、向かい側に高瀬さんが座った。

「まずは、坂口先生に説明します。
 覚えていますか? 前に私が親友の話をしたことを。」

梨江が生徒と付き合っていると聞いた時の話しの事だと思い出す。
梨江とある生徒が抱き合っている画像を見せられた。

思い出した、確かそのとき聞いた名前が・・・

「その子が奏、大澤 奏という私の幼なじみです。」

「その子・・・、確か植村先生と付き合っているって言ってたわよね・・・。」

「はぁ? 私が奏と?」

「そうです。あの時、私は、奏が植村先生と付き合っていると言いました。
 その証拠をお見せしたことで、坂口先生はその話しを信じられたと思います。」

「証拠? 証拠って・・・、一体何の事? 梨江、証拠って、何の話し?」

「ちょっ、ちょっと、梨江、落ち着いて・・・。」

「坂口先生は、この画像を見て、植村先生と奏が付き合っていると信じたんです。」

そう言うと、高瀬さんは、携帯を出し、この間私にパソコンで見せた画像を
梨江に見せた。

「なっ!! な、なんなの!! こ、これは!!」

「この画像が撮られた時の事、植村先生覚えていますか?」

「こ、これは・・・、これは、あの時!!」

「坂口先生、植村先生は、奏と付き合ってなんかいません。
 この写真は、奏が坂口先生と植村先生を引き離す為に撮った画像なんです。」

「えっ・・・、ど・・・、どういう事?」

「植村先生、この画像が撮られた時の事を話してください。」

「はぁ〜・・・。しょうがないわね・・・。
 この画像を撮られた時、っていうか、私が奏を抱き締めた理由はね、
 早紀が奏の罠にかかって、どこかで危険が迫ってるって思った時だったのよ。」

「罠って・・・、どういう事?」

「奏が、私に嫌がらせをしている事が分かって、その矛先が早紀に向かっていたの。
 だから、出来るだけ早紀と一緒にいて、それを防ごうとしていたのだけど・・・。
 早紀が、この子から補習の話しが出た事を聞いて、それが罠だと思ったの。
 だから、必死で止めようとしたのに、逆に早紀が怒ってしまって、出て行っちゃって。」

「あっ・・・、あの時・・・。」

「そう。あの時のことよ。
 早紀の行方が分からなくなって、奏のところに怒鳴り込みにいった訳。
 そうしたら、奏が、自分を抱き締めてくれたら、教えるっていうから・・・
 それで、仕方なく・・・。」

「その時、私は奏から、時間稼ぎをするように言われていました。
 そして、30分ほどして、パソコンに隠し撮りした画像を送るから、
 それを坂口先生に見せることで、作り話を信じ込ませようとしました。」

「ど・・・、どうして・・・。 高瀬さん? どうして、そんなことを・・・?」

「それは・・・。それは、奏がそれを望んだから。私は奏の力になりたかったから。」

「高瀬さん・・・だったかしら? あなた、奏の事を?」

「私は、ずっと奏の事を見てきました。 ずっと側にいました。
 でも、高校に入ってから、奏はあの通り、とても華やかな子で
 色々な友人もでき、私のように地味な幼なじみとは不釣り合いになりました。」

「友達に、不釣り合いもなにもないでしょう。」

「奏がどう思っているかは分かりません、でも、急に2年になった頃から
 奏は、私とのつながりを断ってきたんです。
 だから、もう地味な私の存在がもう必要なくなったんだって思って・・・。」

「それなのに、どうして今回、あなたは、奏に強力したの?」

「2ヶ月くらい前になります。 急に奏が私の家に来て。
 私にしか頼めない事だから、力になって欲しい。頼れるのは私だけだって言って・・・」

「奏は、あなたを利用したっていう事ね・・・」

「高瀬さん、私を好きだっていったのも、全部奏さんの為だったのね。」

「ごめんなさい・・・。謝って済むことだとは思っていません。
 でも、私、先生にひどいことをしてしまいました。
 奏の事が大事で、奏の為だって思って、先生を騙していました。」

「早紀・・・、あなた、私と奏の画像を見て、それであんなに怒ったの?」

「そ・・・、それは・・・。」

「怒るのは分かるけど、どうしてその後も、高瀬さんとここで会っていたの?」

「それは、私がこの画像を学校の裏サイトに掲載するって脅したんです。」

「あ、あなたっ! 私の事で早紀を脅していたのね!!」

「そうです。画像を流さない代わりに、ここで毎週会って欲しいと頼みました。」

「早紀・・・。」

「・・・・。」

「本当にごめんなさい・・・。先生方には、なんと謝ればいいか・・・。」

「それなら、一つ分からない事があるわ。」

「何でしょう、植村先生。」

「私と早紀を引き離すことが目的なら、どうして全てをうち明けたの?
 今だって、私はあなたと早紀が抱き合っているのを見て、一瞬あなたたちを疑った。
 その方が、あなたにも、奏にとっても都合が良かったんじゃないの?」

「それは・・・。
 会う度に、坂口先生が元気を無くされていて。
 最初は、奏の為と思って自分がしてきた事だったけど、日増しに罪悪感が溜まって。
 言い訳かもしれませんが、坂口先生と植村先生がお互いをかばい合っているのに
 それを引き裂いている事が、耐えられなくなったんです。」

「高瀬さん・・・。」

「それに・・・、奏の事を、これ以上誤解して欲しくなかったんです。」

「どういう事?」

「植村先生は、奏が植村先生に振り向かないから嫌がらせをしていると
 思っているかもしれませんが、それは違います。」

「奏さんは、梨江の事が好きなのは事実だったんじゃないの?」

「違うって・・・、何が違うの?」

「確かに、奏は、植村先生の事、好きだったと思います。憧れていたと思います。
 でも、今回の事を考えたのには、他の理由があるんです。」

「他の理由って・・・、それは、何なの?!」

「それは、私の口からではなく、本人からの方がいいでしょう。」

「えっ?」
「えっ?!」


「奏!! そこに居るんでしょ。」

(えっ?!)
(えぇっ??)

私と梨江は、同時に後ろの準備室のドアの方に振り返った。


「やっぱり・・・、やっぱり千穂は話してしまったのね・・・。」

「もう辞めよう。これ以上、人を傷つけても何も良い事なんてない。」

「千穂はやっぱりダメね。全て上手く行っていたのに。」

「貴方に高瀬さんを責める資格はないわ!」

「奏・・・、もう終わりにしよう・・・。」

「もういいわ。千穂が降りるのなら、あとは私だけでやる。」

「奏っ!!」

「あの画像、裏サイトに載せたらどうなるかしら? ねぇ? 先生方?
 生徒の噂って、あっという間に広がりますよ? びっくりするくらいにね?」

「そんなことしたら、奏、あなただって、ただではすまないわよ。」

「かまいませんよ。私は先生にたぶらかされたかわいそうな生徒に徹しますから。」

「奏、あなた・・・。」

「奏、もういいよ・・・。 もう・・・。全部分かっているから・・・。」

「辞めてっ!! 千穂! あなたには何も分からないわよ!!」

「分かるよ・・・。 分かるから・・・、分かるから、もう辞めて欲しいの・・・。」

「千穂が何が分かるっていうのよ!!」

「分かるよ・・・。ずっと一緒にいたんだよ?
 奏がどれだけ、渚さんと植村先生の2人に憧れていたのか、ずっと見てたんだよ?」

「だったらっ!! だったら、分かるでしょ!! 渚姉さんがどんな想いだったのか!」

「奏、渚さんに頼まれたの。 奏の事、よろしくねって。」

「嘘・・・。嘘よ・・・。」

「嘘じゃないよ。渚さんは知っていたんだよ。
 渚さんと植村先生が別れたことで、奏もものすごく傷ついていた事を。」

「渚さんって・・・、誰?」

「早紀ゴメン・・・。それは、あとで私から説明する。」

「嘘よ!! だって、渚姉さんは、植村先生に裏切られたんだから!!」

「裏切ってなんかない。渚と私は、お互い話し合って別れた。」

「先生!! 今回どうして私がこんなことを仕組んだと思います?
 姉はね・・・、渚姉さんは、まだ先生の事、忘れてない、先生の事好きなの!」

「えっ・・・。」

「それなのに、先生を想いながら、他の人と結婚したの!
 先生が、渚姉さんを捨てたから!!」

「違う! それは違う!!」

「先生、私の姉は、結婚がしたいから別れて欲しいって言ったっていいましたよね。」

「えっ・・・」

「その時、姉は、先生がそれを引き留めてくれると信じていたんです。
 でも、先生は引き留めないで、そのまま別れを選んだ・・・。
 だから姉は捨てられたんです!」


「奏・・・、そうだったの・・・・。そういう事だったのね・・・。」

何の話しか良く分からないまま、話が進んで行く。

渚さんって・・・?

話を聞く限り、どうやら奏さんのお姉さんの事らしいことは分かる。
そして、梨江が昔付き合っていた人らしいということも・・・。

話を頭で追っていくのが精一杯な状態の時、
梨江が静かに立ち上がり、奏さんに近づいた。

「先生! ごまかしたってダメですからね。
 私は、姉が裏切られた事が許せない。だから、決めたんです。
 あなたも同じ想いを味合わせようって。」

奏さんが、激しい剣幕で梨江を責め立てる。
それでも、梨江は静かに奏さんに近づき、そして・・・。

奏さんを抱き締めた。

「な、なにをっ!!」

「奏、ゴメンね・・・。傷つけてゴメン。本当にごめんなさい。」

「やめてっ! 離してくださいっ! こんな事しても、私は!!」

「奏・・・。私達は、あなたをこんなにも傷つけてしまったのね。
 ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・・。」

「私に謝らないで!! 渚姉さんはもっと、もっと傷ついて・・・ううっ・・・。」

そうして、梨江に抱き締められながら、奏さんは泣き崩れていた。

梨江の過去に何かあったのかは分からない。

けれど、梨江は渚さんの事を捨てた訳ではなく
とても大切に想っていたんだと思う。
そして、妹であった奏さんの事も、とても大切に思っていたのだと思う。

「奏、そのままでいいから聞いて。あの時の事、全て話すから。」

そして、梨江は、渚さんと別れた理由について静かに語り出した。




──── 梨江Side

あれは、渚と私が社会に出て、2年も過ぎた頃だった。
私は赴任した学校にも慣れてきて、やっと生活に少し余裕が持てるようになった頃。

渚といつもと同じように車でデートをしている時、突然うち明けられた。

「私、会社の男性からお付き合いを申し込まれたの・・・。」

正直驚いた。
私は、渚との付き合いは上手くいっていると思っていたし、十分満たされた毎日だった。
それなのに、突然、渚が男性から告白された事を、どうしてうち明けてきたのか
意味が分からなかった。

「えっ? でも・・・、もちろん、断ったんでしょ?」

「そうなんだけど・・・・。」

「ならいいじゃない。びっくりしたぁ。急にそんな事言うから別れたいのかと思った。」

「ねぇ、梨江。私たち、これからどうなって行くのかしら。」

「えっ? 急にどうしたの?」

「私ね・・・、私は、梨江みたいに自信ないし、強くない。」

「渚? 何を言っているの?」

「会社に入ってね、色々言われるの。彼氏はいるのか、結婚はどうなのかって。」

「そんな事言っても、まだ私たち若いから、いいじゃない。」

「私ね、将来が不安なの・・・。このまま、私たちどうなっていくのかって思うと」

「渚・・・。」

「この間、高校の時の友人の結婚式に呼ばれたの。
 とても幸せそうだった。色々な人に祝福されて・・・。」

「渚は・・・、渚は私との関係が辛くなってきたの?」

「梨江の事は好きよ。いまでも愛してるし、気持ちは何一つ変わってない。」

「それなら・・・。」

「それでも、不安なの。周りは当たり前のように言うわ。
 結婚して、子供を産んで。 女はそれが一番幸せだって。」

「そんなの人それぞれだわ。私は誰が何を言おうと、渚がいればそれでいい!」

「私はね・・・、梨江のように強くないの・・・。怖いの・・・。」

「渚・・・・。」

「私、怖いの・・・。このまま歳を重ねて、周りに何を言われるか
 自分の幸せがどこにあるか分からなくなっていくのが・・・。」

「渚・・・・。」

「早紀の事が好き・・・、でも、私は女の幸せも欲しいの・・・。
 子供が欲しい。みんなに祝福されたい。どうしたらいいか、分からないの・・・。」

頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。

渚だけがいてくれれば、それだけで十分だった。
自分はそうだと思っていて、渚もそう思ってくれていると思った。

けれど、渚は私の事が好きでも、それでいて、女としての幸せを望んでいた。

私は、結婚というものに、何の意味があるのか理解できなかった。

けれど、私たちは世間的には隠れた関係。
人には言えない、祝福してもらうことも難しい。

友人におめでとう!という言葉をもらえない。
両親を安心させることもできない。

会社や同僚に、いくら愛していても恋人を紹介することさえままならない。

愛しているのに、とても大切なのに、
世間の荒波から、冷たい社会から、一番守りたい人を守りきれない。

自分では、愛する人の一番の望みを叶えることができない。
自分と居ることが、愛する人を苦しめてしまう。

その日は、何も言えず、ただ、車の中で、泣き崩れる渚を
抱き締めることしか出来なかった。

それから、渚と何度も何度も話し合った。

そして、私たちは、このままではお互いを傷つけ合う事を理解した。

愛していても、それだけでは叶わない事がある。

傷つけ合う前に、憎み合う前に、私たちはお互いに別の道を選んだ。

まだ気持ちは残ったままだった。
傷つけ合い、憎み合って別れた方が良かったのかもしれない。

私たちは、一つだけ約束を交わした。

お互い想いが残ったままの別れだけれど、
この結果を後悔することだけはしないように。

自分たちで納得して出した答えに、決して後悔しないように・・・と。

渚と付き合っていた頃、渚の妹の奏の家庭教師をした事がある。

奏の歳の離れた妹で、渚はとても可愛がっていた。
奏も、姉にいつもついて回る姉っ子で、私も実の妹のように可愛がった。

だからだろうか、私が渚と別れた後、
どうして別れたの? お姉ちゃんの事、嫌いになったの?と
毎日のようにメールが入った。

私は、ゴメンね、としか返すことができなかった。


それから5年の月日が経ち、今に至る。

奏と早紀と、奏の友人の前で、私たちが別れたいきさつを全て話した。

全てを話した後、誰も何も言わなかった。

奏は泣いていた。 その奏の傍らに高瀬さんが寄り添って手を握っていた。

早紀も泣いていた。

早紀がどうして泣いていたのかは分からない。

私が背を向け、窓の外の夕日に目を向けていた時、
ふと背中に柔らかな感触を感じた。

後ろを振り返ると、早紀が私の腰に手を回し私を背中から抱き締めていて、
そして、背中で泣いていた。

腰に回った早紀の手の上に、自分の手を重ねた。
ギュッと、早紀の腰に回す手の力に力が篭もる。

渚・・・、私は渚の事今でも忘れてないよ。

でもね、ゴメン。

今、大切な人がいる。

渚が結婚して自分の道を進んでいるように、
私も自分の道を進んでいる。

この大切な人を守る為に、もう大事な人を傷つけないように。

自分の想いが少しでも伝わるように、
強く、でも優しく早紀の手に指を絡め、握りしめた。


=END=
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