【 それは突然に 】
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【それは突然に =想いとすれ違い=】


先日、お昼休みに一人の生徒が私の元を訪ねてきた。
その生徒は、2年生C組の高瀬さん。

彼女は地理を選択しているので、本来ならば私には用がないはずなのだけども
わざわざ私を訪ねてきて、日本史の補習をお願いしたいと申し出てきた。

地理を選択しているのに何故?と聞いたところ、
彼女は、本来は日本史が好きなのだけども、彼女の親しい友人が
どうやら植村先生こと、梨江のファンということもあり、友達づきあい上
断ることが出来ずに、地理を選択してしまったらしい。

最近の生徒というものは、ちょっとしたすれ違いからどんな関係に変化するか
全く予想がつかない。

ニュースでも話題になっている通り、世間では上品で清楚な生徒が多いと評判な
うちの学校でさえ、間違いなく裏サイトがあり、そこでは生徒の陰口や
先生の陰口など、ありとあらゆる不満をぶつけられているのだと思う。

けれど、友達づきあいとはいえ、教科の得意不得意というのは、個人の問題で
いくら友人づきあいで地理を選択しても、本人が好きなのが日本史ならば
大学進学の際、自分の好きな教科を選択する方が良いとは思う。

けれど、1年間、地理の授業を受け、試験勉強を行いながら、
自分で日本史を同時に学習するのは大変だとは思う。

高瀬さんが、私にこっそりお願いしに来たのは、おそらく友人にその事を
知られたくないという理由もあるのだろう。

私は今まで、生徒に頼られたりしたことがなかったので、
正直に言えば嬉しかったし、生徒1人を特別扱いしてはいけないとは思いつつ
高瀬さんの状況を考えると断ることも出来ず、引き受けてしまった。

とりあえず、毎週水曜日、放課後1時間だけという約束で、引き受けたけれど
その直後、梨江がおかしな様子で私に、色々と問いつめてきた。


変わった事はなかったか、
変な生徒とか来なかったか、、、など。

一体どうしたのだろう?
しかも、そのあと学校だというのに、急に力一杯抱き締められた。

確かに、急にキスをされたことは・・・、あったけど・・・・。
まぁ、あれは、その・・・、一瞬だったし・・・。

あぁー、そうじゃなくて!!

あんな風に、どこか不安そうに、私の存在を確かめるようにギュッと抱き締められたのは
初めての事だったから、梨江の身に何かあったのかと思ったのだけど・・・。

けれど、しばらくして、何事もなかったように、いつもの梨江に戻った。

その後、何度も梨江に、”何かあったの?”って聞いたけど、
”何でもない”の一点張り。

こうなったら、梨江は絶対に口を割らない。

だから、私も気にしないようにしていたのだけど、

でも、あの日から、明らかに、梨江の様子がおかしい・・・。


─── あの日の夕方の会話

「早紀〜 一緒に帰りましょ?」

「えっ? 私、帰りちょっと買い物に行きたいから。」

「じゃぁ、私も行くから。」

「はぁ?」

「ほらほら、そうと決まれば早く行こう♪」

「ちょ、ちょっと、いいわよ。梨江の最寄り駅より奧のお店だから」

「気にしないで、私も行きたいから♪」

結局、梨江は遠回りになりながらも、買い物について来た。




─── さらに、その翌日のお昼の会話

「早紀〜 これから朝、早紀の家まで迎えに行くから」

「はぁ?? 急にどうしたの? いいわよ、私を迎えにくると逆方向じゃない。」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ♪ 私、明日から車通勤にしたから、遠慮しないで♪」

「いや、遠慮っていうか・・・、なんでわざわざ?」

「ウフフ♪ できるだけ早い時間に、早紀の顔が見たいから♪」

「ば、ばかっ!! いいわよ!! ってか、けっこうよ!!」

「もう、早紀ってば、遠慮しちゃってぇ〜」

「遠慮じゃないの! 本当にいいの!! ってか、イヤだから、やめて!!」

「もう〜、つれないわねぇ〜」

どうにか断ったものの、梨江は本当にしつこかった。




─── さらに、その翌日の夕方の会話

「早紀〜 家まで送っていくから。」

「えっ?」

「ほらほら、早く支度してぇ〜♪」

「はぁ? な、なんなの?」

「何なのって、一緒に帰るんだけど?」

「そうじゃなくて、私は電車で帰るから別にいいわよ。」

「いいの♪ いいの♪ これから、毎日、早紀を家まで送るから♪」

「はぁ?? 何で梨江に毎日送ってもらうの?」

「何でって・・・、私がそうしたいからなんだけど、ダメ?」

「だ、ダメっていうか・・・、どうしたの? 急に。」

「別に? 少しでも長い時間、早紀と一緒に居たいからだけど?」

「ば、ばかっ!!!」

「照れない、照れない♪」



─── ってな具合で、明らかに梨江の様子がおかしい。

今まで、一緒に帰る事はあったけど、お互い電車通勤だったし、
急に車通勤にしたかと思えば、毎日送るような事を言い出すなんて。
しかも、帰りだけならともかく、朝も迎えに来るだなんて言い出したり。
一体どうしたのかしら。

これじゃ、梨江が私の送迎をしてくれる彼氏みたいな・・・・

ち、ちがうわよ!! 私は、まだ、そんな梨江とそんな関係じゃないし!!

そ、そりゃ、梨江は、最近私に口説きモードだったけど・・・。
急に、そんな態度とられたら、私、また困るわよ・・・。


そんなこんなで、朝の送迎はとりあえず断っているものの、
帰りは、断り切れず、強引に車に乗せられてしまう。
ついでなのか、そのまま夕食を一緒に食べに行く事も多く
結果的に、私は梨江と過ごす時間が多くなっている・・・。

どうしてこんな事になったのか、分からないけれど
でも、梨江と過ごす時間が増えている事は・・・、

イヤじゃないかも・・・。

帰り、車で送ってくれる時、信号待ちをしていると
梨江は、私を見つめている時がある。

一緒に夕食を食べて居る時、
梨江は、私を見つめている時がある。

そんな時、梨江にとても優しく暖かい瞳で見つめられると、
胸の奧がギュッと掴まれているみたいで苦しくなる。
ドキドキして、落ち着かない気持ちになる。

きっと、梨江は待ってくれているのだと思う。
私が、自分の気持ちと向き合って、キチンと答えを出す時まで。

こんな梨江の真摯な瞳に見つめられて、
心がかき乱されない訳がない。

少しずつ、少しずつ、梨江と過ごす時間が増えるたびに、
私の心が、梨江に浸食されていくのが分かる。

あぁー、これは、もう、認めるしかないのだろうか。
でも、もう少しだけ、もう少しだけ、今の時間を楽しみたい。

これは、私の我が侭なのかもしれない。



こうして、梨江に帰りを送ってもらうようになって1週間が過ぎた頃、
高瀬さんと約束をしていた水曜日がやってきた。


「早紀、今日はどこでご飯食べる? 昨日は和食だったから、今日はイタリアン?」

梨江は今日も一緒に帰るのだと思っているようで、夕食のジャンルを
私に聞いてきた。

「梨江ごめんなさい。 今日はちょっと用事があるから、一緒に帰れないの。」

「えっ? 何か用事があるの?」

「えっ、えぇ。」

「それじゃ、用事が終わるまで待ってるわよ。」

「えっ、いやそれじゃ、悪いから。」

「いいわよ。」

「でも、何時になるか分からないし、延びるかもしれないから。」

「そうなの? 他の先生との打ち合わせとか?」

「ううん、そうじゃないんだけど。」

「どうしたの?」

「えっと、あのね・・・」

私は一瞬、高瀬さんの事を話すのを躊躇した。
けれど、別に後ろめたい事でもないし、ただ生徒の補習を行うだけ。
だから、私は、そのままうち明けた。

「あのね、ある生徒に補習をして欲しいって頼まれて、だから・・・」

「えっ!? どういうこと!!」

急に、梨江が鋭い口調で私の言葉を遮った。

「えっ? な、なに?」

「早紀っ! それどういうこと!! 生徒に補習だなんて、聞いてないわよ!」

「聞いてないって・・・、だから、今はなしてるじゃない。」

「そうじゃなくて! いつ? いつその生徒から補習を頼まれたの?」

「えっと・・・、先週だったかしら?」

「その生徒って誰? なんで補習なんてするの?!」

「誰って・・・、ある2年生よ。地理を選択しているけど、
 独学で日本史を勉強していて分からない事があるから教えて欲しいって・・・」

「なんで、そんなことを早紀に言うのよ!! 他の先生でもいいじゃない!!」

「梨江? ど、どうしたの??」

「誰なの! その生徒!! 教えて!!」

「誰って・・・、どうして梨江に生徒を教えなきゃいけないの?」

「いいから教えて!! それと、そんな補習しちゃダメよ!!」

「梨江・・・? あなた、何を言っているの?」

「早紀、誰なのその生徒は!! 教えて!!」

「補習をしちゃダメって・・・、どうして梨江がそんな事を言うの?」

「早紀・・・、辞めた方がいいわ。そんな補習、他の人に頼んだ方がいい。」

「梨江? あなたおかしいわよ? どうしてそんな事を言うの?」

「それは・・・。」

「私が生徒に補習をすることが、おかしいの? いけないこと?」

「そうじゃないけど・・・。っていうか、誰なの? その生徒は!!」

「梨江・・・、誰って聞いてどうするの? あなたに何か関係あるの?」

「早紀、その補習は断って。お願いだから!!」

「梨江・・・。 梨江がちゃんとした理由を言わないなら断れないわ。
 どうしたの一体・・・。訳が分からないわよ。」

「早紀・・・。あのね、理由は今は言えない・・・、でも・・・」

「言えないって、それじゃ、何も分からないわよ!!」

「早紀・・・、ごめんなさい。でも、お願い、その補習の話し断って。」

「あのね、教えて欲しいって言ってきた子は、ちゃんとした理由があるの。
 その子は困っていて、私を頼ってきたのよ。
 どうして、そんな純粋な生徒の頼みを、何の理由も言わない梨江の頼みで
 断る事出来るわけないじゃない!」

「早紀・・・、違うの・・・、違うのよ・・・・。」

「違わないわ!! 今の梨江、訳が分からないわ!! いい加減にして!」

「待って! ちょっと待って! 早紀!!」


私は梨江の声を振り切り、鞄を掴んで社会科準備室を飛び出した。

一体何が悪いと言うんだろう。
私が生徒のために補習をすることがそんなに悪い事なんだろうか。
それとも、私が生徒と接する事に向いていないと言いたいのだろうか。

ちゃんとした理由を言わず、一方的に補習を断れという梨江に
とても腹が立った。

一体、補習をする事の何が悪いというのだろう。

高瀬さんなりに悩んで私を頼ってきてくれているというのに
それを断れだなんて、梨江の考えがまるで理解できない。


梨江は、放課後に生徒と私が接することが面白くないってこと?

考えてみれば、車で送迎してくれているのも、急な事だった。
朝迎えに来ると言い出すくらいだったし。

まるで、私を他の人と接触するのを妨害しているかのようで・・・。

それって・・・嫉妬? それとも束縛?

考えれば考えるほど、梨江の行動が分からなくなってきて
不審に思うことばかりが脳裏に浮かんでしまう。

鞄を胸に抱き締めて、小走りで階段を駆け下りる。


もうイヤだ・・・。

そう思って、廊下を早歩きで歩いていると

「坂口先生?」

背後から突然声を掛けられた。

「えっ?」

「先生、どうかしたんですか? 顔が真っ青ですよ?」

そこに立っていたのは、高瀬さんだった。

「あっ、いえ、別に、大丈夫よ。 ごめんなさい、待たせちゃったかしら?」

「いえ、大丈夫です。お願いしたのはこちらですから。」

「気にしないで。」

「それじゃ先生、こちらです。」

そういうと、彼女は家庭科室の扉を開けて、奧の準備室へと案内してくれた。

「家庭科準備室って、私入るの初めてだわ。」

「そうなんですか? 意外ですね。」

「えぇ。あまり他の教科の部屋って入らないものよ。」

「家庭科の先生は、放課後ほとんどいらっしゃらないんです。
 だから、部活がない日は、誰も来ないし、静かでいい勉強場なんですよ。」

「そうね、ここは静かだわね。」

「隣は理科室ですし、この辺は放課後は、あまり人は近寄りませんから。」

「そうなの・・・。まぁ、それじゃ補習に丁度いいわね。」

「そうですね。」

「それじゃ、はじめましょうか。」

「はい・・・、坂口先生・・・。
 あっ、先生、一応他の生徒が来るかもなので、ドアに鍵しておきますね。」

「えっ? えぇ・・・。」


───── カチャリ





 

───── その頃の梨江


ダメなのよ・・・、早紀、その生徒。
絶対に、あの子の差し金なのよ!!

あぁー、もう、どうしたらいいのよ・・・。
っていうか、どこ行ったのよ!!

せめて、生徒が誰なのか聞き出せれば、どこへいるか分かるんだけど
早紀ってば、頭に血が上って、怒って出て行っちゃうし・・・。

早くしないと、早紀の身が危ない。

こうなったら、悔しいけど、あの子に頭を下げた方が早いかしら。

あの子は・・・、きっと茶室に居るわね。
きっと、こうなることを予測しているハズだわ。

お願い!! 間に合って!!


=END=



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