【 それは突然に 】
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【それは突然に =ライバルと忍び寄る影=】



私、坂口早紀。 現在、私立の女子校で社会科の教師をしている。
年齢は・・・、アラサーというところ。

最近、困った事がある。

それは、同僚である植村梨江の事が気になっているという事。

梨江も同じ社会科の教師をしている。
ちなみに、私は日本史と世界史を担当していて、彼女は地理。

社会科の教師で女性っていうのはある意味珍しい。
地理なんて、日本史、地理よりもさらに男性が多いから梨江の存在は
ある意味希少価値かもしれない。

そんな女子校だから、社会の選択教科では、
世界史と地理で、普通は地理の方が人数が少なくなるが
女子生徒から人気のある梨江の存在が大きいためか、地理の方を選択する
生徒が多く、人数比率が6:4になっている。

大学受験に影響する科目を教師を理由に選ぶ生徒の動機が不純な気がしないでもないけれど
教える教師によって、やる気や知識の吸収力に影響があるのであれば
まぁ、それも理にかなっているのかもしれない。

そういう訳で、同じ職場で5年ほど過ごしてきている訳だけど
ついこの間、私と梨江の関係を大きく変えてしまう出来事が起きた。

きっかけは、生徒が家庭科の調理実習で作ったシュークリーム。

軽くウェーブがかかった長い髪をなびかせながらも
カジュアルなパンツスーツを着こなし、モデルのようなスタイルと
女優顔負けの綺麗な顔立ちを持ち合わせる梨江。

それでいて、性格も気さくで、生徒にいつも公平に接する彼女は
生徒からの信頼も厚く、地理以外の教科も教えて欲しいと生徒に
懇願され、他の教科の先生が困り果てる事もしばしば。

このカリスマ的な存在の梨江に、生徒が次から次ぎへと
シュークリームを差し入れ始めたのが事の始まりで、
それが原因で、私は訳が分からないうちに、梨江に唇を奪われてしまった。

それから、あれよあれよという流れで、この間に至っては、
梨江の部屋に泊まる事になり、更に同じベッドで寝ている間に
また唇を奪われ、もう少しで、大人の階段を踏み外す(?)ような自体にまで
発展しかけてしまった。

キスされてから、自分がおかしくなってしまった気がして
梨江の事ばかり考えてしまって、どうしたらいいか分からなかったけれど
とりあえず、梨江ときちんと(?)話し合ったことで、
自分の気持ちと向き合う事にしようと思った・・・・はずなのだけど・・・。

確かに、あの日から前みたいに、梨江の事を変に意識する事は
しないようにしているつもりで、梨江も、普通に接してきてくれる。

けれど、梨江の何気ない笑顔や仕草に、いちいち、胸がギュッと
締め付けられる事が度々起こってしまう。

あぁ〜、これはもう、私は梨江の事、好きになっているって事なのかしら。

でも、キスされた事がきっかけで、梨江を好きになるっていうのは
いささか、動機が不純な気がしてしまう。

私は5年間も一緒に過ごしてきているのに、梨江の何を見てきたのかしら。
そう思うと、ふがいない自分に思わずため息がこぼれる。

(はぁ〜・・・・。)


「ため息の数だけ、幸せが逃げるわよ?」

私の心の内を知らずに、明るい声で、向かいから声を掛けてくる梨江。

「な、なんでも無いわよ・・・。」

「ふーん、ならいいけど。でも、ため息を突く早紀も、可愛いわね。」

「な、何を言うのよ! こ、ここ、学校よ!!」

「別にいいじゃない♪ 昼休みで、ここには誰もいないんだから♪」

あの泊まった日を境に、こうやって梨江はあからさまに口説き文句を
口にするようになった。

それに、いちいち反応して、胸をキュンとときめかせてしまう自分も悪いのだが
いい加減、勘弁して欲しい。これじゃ、心臓が持たない。

「もう・・・、辞めてよ・・・、そういう事いうの・・・。」

「イヤなの? 私がそういう事いうの。」

「い・・・、イヤっていうか・・・、困るのよ・・・。」

「何が、困るの?」

「な・・・、なんていうか・・・、そ、その・・・、落ち着かないって・・・いうか・・・。」

「ふーん、落ち着かなくなるんだ・・・、ウフフ♪」

「な、なによ・・・、気持ちが悪いわね・・・。」

「べ・つ・に♪ うふふ♪」

私の内側の動揺が、全て梨江に見透かされている気がして悔しいような、恥ずかしいような。
あぁ〜、なんだか、もう、こんな毎日で疲れてしまう。

そう言いながらも、この胸のトキメキが徐々に嬉しく感じてきてしまっている自分は
もう、相当梨江にイカレてしまっているのかもしれない。


そんな平穏(?)な日々が、2週間ほど続いたある日、
いつものように、昼休み、梨江と2人で社会科準備室でお昼を食べて居ると
一人の女子生徒が梨江を訪ねてきた。

これが、私と梨江との関係を一転させる出来事の始まりだった───。


(コンコン)

「すみません、植村先生いらっしゃいますか?」

「はいはーい、ちょっと待っててね。」

いつものように、”カワイイ”とか”今度デートしない?”とか
口説き文句を並べていたにも関わらず、

「また、後でね?」

とウィンクしながら、ドアへ向かう梨江。

「どなたかしら?」

とドアを開けた梨江は、その後、後ろ手にドアを閉めながら部屋を出た。

知っている生徒だったのかな?と思いつつ、私は気にとめず
そのままお昼を食べたが、梨江が戻って来たのはチャイムが鳴った後だった。

「梨江、どうしたの?」

「ぅうん、何でもない。お昼食べ損ねちゃったわ。」

「そう、ならいいけど。」

戻ってきた梨江の顔に、少し翳りが見えた気がしたが、気にしなかった。



そして、午後の授業が終わり、放課後になると、
梨江は、何も言わずにどこかへ出かけてしまった。

他の先生にでも呼ばれたのかと思い、自分の授業の資料整理をしていると
また一人の生徒が社会科準備室を訪ねてきた。

(コンコン)

「はい? どうぞ?」

近づき、ドアを開けると、そこには、一人の女子生徒が立っていた。

「どうしたのかしら?」

「あの・・・、坂口先生・・・。」

「えっ? 私に用事があるのかしら?」

「はい・・・。」

生徒が自分に用事があるなんて思いもしなかった。

「で、何かしら?」

「あ・・・、あの・・・、お願いが・・・あるんです・・・。」

小さく消え入るような声で、何か思い詰めているような生徒の姿が気になった。

「とりあえず、中で話を聞きましょうか。」

「いいんですか?」

「えぇ、今は、他の先生もいないから、入りなさい。」

「失礼します・・・。」


その生徒をとりあえず中に入れ、空いている椅子に座らせた。

「で、お願いって何かしら?」

「あっ、はい・・・。 あの、私2年C組の高瀬といいます」

2年生という事は、私が担当している日本史のクラスだけれども
私が面識がないということは、この子は地理を選択しているのだろう。

「高瀬さんね、2年生ということは、あなた地理を選択しているのかしら?」

「はい。」

「そう、それで?」

「あの、私、地理を選択しているんですが、来年の受験時には、日本史に
 切り替えようと思っているんです。」

「あら、どうして? 今地理を選択してるなら、そのままの方がいいんじゃない?」

「いえ、私は本当は日本史の方が好きだったんですが、友達が植村先生がいいから
 地理選択したいから、一緒にしようって言うんで、仕方なく・・・。」

生徒とは言え、人付き合いも色々あるんだなと思う。
友達づきあいで、少しでもズレてしまえば、いじめの対象になってしまう事も
今の世の中では珍しくないのかもしれない。

「そうだったの・・・。でも、教科の切替は、出来ないわよねぇ。」

「はい・・・。授業はそのまま地理でもいいんですが、日本史の勉強もしたいんです。
 でも、独学では限界がある気がして・・・。それで、お願いがあるんです。」

「なにかしら?」

「放課後、先生のご迷惑でない時間の範囲で、日本史を教えていただけませんか?」

「えっ? 私に??」

「はい。日本史の選択を取ってる他の子から、先生の授業は分かりやすいって聞いています。
 お願いです。教えていただけないでしょうか? 1時間でもいいんです!!」

その子の切羽詰まるような言葉尻に、思わず心が動いてしまう。
かといって、生徒一人だけを特別扱いしても良いものかと悩んでしまう。

「教える事は、構わないけれど・・・、あなた一人だけを個人授業する訳にも・・・」

「あの、それでは、毎週水曜だけ、私の部活の部室で教えてもらえませんか?」

「部室?」

「私、家庭部の部長なんです。でも、水曜日は部活ありませんので、家庭科室は誰もいません。
 しかも、家庭科準備室の鍵は、私が管理していますから、そこなら大丈夫です。」

「3年生はいないの?」

「家庭部は少人数で、2年生と1年生しかいません。 だから大丈夫です。」

「そう・・・。」

「お願いします!! 先生!!」

今まで、生徒とあまり親しい付き合いをしたことがない自分にとって
この縋るように懇願される生徒の気持ちを断る事はできなかった。

「分かったわ・・・。 その代わり、水曜の15:30〜16:30の1時間だけよ。」

「ありがとうございます!!」

生徒は、先ほどまでの脅えるような表情から、明るい笑顔に変わった。


「それじゃ、いつから始める?」

「来週の水曜からでいいですか?」

「えぇ、構わないわ。その代わり、他の子には内緒よ?」

「はい! ありがとうございます!」

「それじゃ、今日のところは、もう帰りなさい。」

「はい! 坂口先生、ありがとうございました。 失礼します。」

そして、高瀬さんは部屋を後にした。

本当は、生徒を特別扱いしてはイケナイとは思う。
けれど、初めて自分を頼ってきてくれた生徒を、突き放すことが出来なかった。
自分が本当に役に立てるか分からないけれど、出来る限りの事はしたいと思う。

たった週1日で1時間だけれども、彼女はきっと独学で頑張っているのだ。
分からない点についてその1時間で解消してあげれられればと思う。

4月に使った授業の資料は、確か家のパソコンの中にあるはず・・・
そう明後日の水曜の資料について考えていたとき、梨江が準備室に勢いよく戻ってきた。

「早紀!!」

「えっ? どうしたの??」

「私が居ない間に、何か変わった事なかった?」

「えっ?? 変わった事って??」

「誰か来なかった?? 変な生徒が来たりしなかった??」

真剣な顔で、問いただすように、矢継ぎ早に聞いてくる早紀。

「どうしたの?? 変な生徒って、何かあったの??」

「来たの? 何かあったの? 答えて!!」

「何もないわよ・・・、そんな変な生徒なんて、来るわけないでしょ。」

誰か来たかという質問には、先ほど高瀬さんが来た事は該当するが
変な生徒という意味では、彼女は該当しない。

だから、思わず、何も無かったと答えてしまった。

「そう・・・、ならよかった・・・。」

私の返事に安心したのか、梨江の表情の緊張が解けた。

「どうしたのよ・・・。何かあったの??」

「うぅん、何でもないわ。
 早紀、これから、何かちょっとでも変わった事が起きたら教えてね。」

「えっ?? 変わった事?」

「そう、何かこう、変な生徒がいきなりやってきたとか、変な手紙とかが来たりとか。」

「何ソレ・・・。 私にはそういった事は無縁よ。梨江、あなたならともかく。」

「私はいいのよ。それよりも、早紀が心配なの。」

「どうしたの? 梨江、何か変よ? 何かあったの??」

「いえ・・・、何でもないわ・・・。 ただ、これから何かあったらちゃんと教えて。」

そう言いながら、梨江は私のところへ来て、ギュッと私の体を抱き締めた。

「り、梨江!! こ、ここ学校よ!!」

「ごめん!! でも、ちょっとだけ・・・。」

「梨江・・・?」

抱き締める梨江の手が少し震えていた事に、私はこのとき気付かなかった。

梨江は、私に何か隠し事をしているような気がした。
けれど、梨江の隠し事とは関係ないと思いつつ、私も高瀬さんとの勉強会の事を
梨江に切り出すことができなかった。

そして、この日を境に、少しずつ何かが起き始めていた・・・。






────────────────少し遡って、昼休みの梨江と訪ねてきた生徒の会話。


「先生♪ 久しぶりですね。」

「あなた・・・。 何しに来たの。」

「随分冷たい言い方ですね。」

「冷たいも何も、何度も言っているはずよ。もう諦めなさいと。」

「私が先生を想う気持ちについては、誰にも指図は受けません。」

「そんな事を今更言いに来たのかしら。だったら話す事なんてないわ。」

「本当に素っ気ないですね。私の姉には、あんなに優しかったのに。」

「辞めなさい。ここでそう言う事をいうのは。」

「女子校の憧れの先生が、私の姉の元恋人なんてバレたらまずいですよね?」

「今更そんな脅しをしたところで、私は貴方の物にはならないわよ。」

「そうですか・・・。なら、私にも考えがありますよ。」

「何を言っているの。」

「坂口先生って、お綺麗な方ですよね。」

「何を・・・。」

「私の姉、この間結婚したんですよ? で、家を出る前に荷物整理を一緒にしたんですが
 そのとき、先生との思い出の写真が色々でてきましてね?」

「!!」

「先生、若いとはいえ、恋人とのキスの写真は、別れる時にきちんと処分した方がいいですよ?」

「その写真、どうしたの!」

「姉は、慌てて隠して、捨てていましたけどね、私はそのとき1枚だけ抜き取ったんですよ。」

「その写真、どこにあるの。」

「この話しの続きは、放課後にしませんか? もうすぐお昼も終わりますし。」

「・・・・・。」

「放課後、茶道部の部室でお待ちしてます。今日は、部活はお休みですから。」

「私がそんな誘いに乗ると思っているの。」

「いらっしゃらなければ、この写真、坂口先生にお渡しするまでです。では♪」




────────────────そして、放課後の茶道部の部室


「ご希望通り、来たわよ。 写真を見せなさい。」

「気が早いことですこと。お茶でも一服いかがですか? 先生。」

「結構よ。」

「まぁ、そう焦らずに。 写真は、ちゃんとお渡ししますよ。」

「無駄な時間を過ごす趣味はないの。 失礼するわ。」

「分かりましたよ。 はい、ご要望の写真です。」

「あなたの狙いは何。」

「何がですか?」

「こんなにすんなりと、写真を返してくれるなんて、薄気味悪いわ。」

「私がそんなに性格が悪いとでも?
 こんな脅しをしたところで、先生に嫌われるだけですから」

「私は・・・、別に貴方が嫌いな訳ではないわ。」

「では、どうして私の事を見てくれないんですか。
 先生は、姉と別れてから、もう私に話しかけてくれる事さえなくなって・・・。」

「渚は、私よりも結婚を望んでいたわ。だから別れた。
 妹の貴方が、私の事を想っていてくれた事は知らなかったのよ。」

「私は、姉の恋人である先生の事がずっと好きでした。
 この高校に入学したのも、先生がいたからです。
 先生が姉と別れて、やっと自分の想いを言えると思ったのに、先生は私の事を見てくれない」

「あなたのは、思春期の迷いよ。
 貴方の姉、渚と別れたのは、もう5年も前の事だわ。あなたは、中学生だったじゃない」

「先生? 坂口先生って、姉に少し似ていますね?」

「!!っ」

「すぐ分かりましたよ。 先生が私を見てくれない理由が。
 先生は、坂口先生の事が好きなんですよね? 渚お姉ちゃんに似ている坂口先生の事が。」

「坂口先生は、関係ないでしょ!!」

「そうでしょうか?」

「話しはそれだけ? もう、貴方と話す事は何もない。失礼するわ。」

「先生、一つ忠告です。 坂口先生を取られないように気を付けて下さいね。」

「どういう意味!! あなた、早紀に何かしたのっ!」

「いいえ、私は何もしませんよ? 私はね・・・・?」

「早紀に何かしたら、私は貴方を許さないわよ。」

「先生、人を想う気持ちは、誰にも邪魔できませんよ? それだけは覚えておいてください?」

「・・・っ。」

(バタン)

「うふふ・・・・。」



=END=

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