【 それは突然に 】
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【シュークリーム編】


自分は最近、教師という仕事に向いていないんじゃないかと、考える事が多くなった。

不謹慎だとは思うけれど、自分は元々教育ということに、
熱い情熱を持っていた訳でもなく、教師という仕事を選んだのは
ただ、不景気な時代に、女でも手堅く収入を得られるという理由だったから。

残業手当が付かない代わりに、面倒な部活の顧問さえ引き受けなければ
18時には帰宅できる生活だし、土日も学校行事さえ無ければ、休日出勤もない。

まぁ、最近は、夏休みや冬休みは、世間体やら体面上やらで
学校には行かなければならないけれど、生徒の面倒を見ることもないので気楽。

そんな割り切った考えで就いた仕事だけれども、5年もやっていると
やりがいを持てない理由を考えたくもなる。


「坂口先生? どうかしたんですか?」

「えっ?」


不意に、声を掛けられて振り返ると、そこには、同僚の植村先生こと、梨江がいた。


「なんだ・・・梨江かぁ〜、びっくりしたぁ〜。堅苦しい名前で呼ばれたから、誰かと思った。」

「ごめん、ごめん! 早紀が険しい顔をしていたから、何を考え込んでいるのかと思って。」

「ん〜・・・、なんかねぇ、最近色々考えるんだよねぇ。」

「ん? 何を?」

「自分が、教師っていう仕事に向いていないんじゃないかなーって。」

「えっ? どうしたの? 急にそんな事を考えるなんて。 何かあったの?」

「何かあったっていうんじゃないけどさぁー、ん〜、どう言えばいいなぁ〜・・・。」



── トントンッ ──


考え込んでいると、不意に、自分たちがいる社会準備室のドアがノックされた。


「はぁーい、どうぞ?」


私が返事をする代わりに、梨江がノックの主に返事を返す。


「失礼します・・・、植村先生いらっしゃ・・・、あっ、あの・・・・。」


ノックの主は、どうやら生徒のようで、部屋の中に、訪ね人である梨江を見つけると
もじもじしながら、ドアの入り口に佇んでいる。


「ん? なぁーに?」


梨江が、ドア口にいる生徒の方へ近づいていく。


はぁ〜、またか・・・。


またかっていうのは、何かというと・・・


「あ、あの、これ、家庭科の実習で作ったんですけど、良かったら食べてください・・・。」

「えっ? あっ、シュークリーム? 美味しそうに出来てるわね。 いいの?」

「は、はいっ! あ、あの、一応食べたので・・・、不味くはないと思います・・・」

「そう、ありがとう。 疲れている時は、甘い物が食べたくなるから嬉しいわ。」

「い、いえ・・・、あの・・・、それでは、失礼しますっ!」



─── バタバタバタッ ──



「慌ただしい子ねぇ〜。 フフっ。」


「何が、疲れている時は、甘い物が食べたくなるから嬉しいよ・・・、
 これで、3日連続のシュークリームの差し入れじゃない。 いい加減飽きない?」

「まぁ、そう言いなさんなって。 可愛い生徒がせっかく作ってくれたんだから。ねっ?」

「だったら、全部自分で食べることね。 私はもう無理。」

「そんなこと言わないで、ね? ほら、今日のが一番美味しそうだよ♪」

にこにこしながら、梨江は可愛らしい袋から、片手サイズのシュークリームを
私の机の上に、ちょこんと置く。


「はぁ〜・・・・。」

「ん? どうかしたの? 3日連続だと、嫌?」


「いや、そーじゃないけど・・・。 そうじゃないのよ・・・。」

「ん?? どうしたの?」

「さっきの話の続き。」

「うん? あぁー、考え事してたって話の?」

「うん。」

「で、なに、なに?」

「いや、梨江のそれを見ると、考えちゃうんだよねぇ〜」

「ん? それって、このシュークリームの事?」

「そっ。 梨江は、見ての通り美人だし、スタイルもいいし。
 黙っていれば、クールビューティ!だなんて言われるし、
 喋れば、爽やか美人なんて言われるし。」

「はぁ? 早紀何言ってんの?」

「生徒からの差し入れなんて、今まで数え切れないほどだし、
 女子校のバレンタインデーともなれば梨江は、紙袋一杯にチョコをもらうし。 
 梨江は、生徒に好かれている憧れの先生よね。」

「梨江どうしたの? 拗ねてんの?」

「誰が拗ねてんのよ! ちっがうわよ!!」

「んじゃ、なに?」

「私ね、この学校に来て5年なんだけど、生徒との思い出とか、そういうの何もないのよ。」

「ふーん。 それで?」

「別に、特に思い入れがあって、教師になった訳じゃないけど、
 こう、梨江を見ているとさぁー、生徒とのスキンシップというか、接し度というか・・・。
 生徒との距離が、自分と早紀では、こんなにも違うんだなぁーって。」

「で?」

「私、生徒には、好かれるとか嫌われるとか言う以前に、
 多分、関心を持たれていないと思うのね。 5年もいるけれど・・・。」

「うん。」

「だから、なんて言うか・・・。教師って、なんだろうなぁーって・・・。」

「ん〜・・・。 あのさ、どうして生徒が、早紀に近寄らないか、分かってる?」

「そりゃ、私に関心がないというか、興味がないからでしょ?」

「ブッブーっ! 違います。 早紀は、分かってないねぇ〜」

「えっ? 何々??」

「生徒が、早紀に近づかないんじゃなくて、早紀が、生徒に対して一線置いているからだよ。」

「えっ?」

「早紀が、生徒に対して距離を開けているから、生徒だって、どう近づいていいか
 分からないんだよ。」

「そ・・・、そうなの?」

「そうだよ・・・。 今頃気づいたの?」

「だ、だって・・・。 こういう事考えるようになったの、ここ最近だし・・・。」

「少しは笑顔で授業をするとか、挨拶されたら、笑顔で返すとかしたら、随分変わるって。」

「そっ・・・、そうなの?」

「まずは、深刻に考え込む時の、その険しい表情を変えなきゃね♪」


そういうと、梨江は、私の机の脇に腰を掛け、片手を私の頬に添えた。


「えっ? な、何??」

「早紀だって、生徒から孤高の君って言われてるの知らないでしょ。」

「えっ?? 孤高って? な、なに?? ど、どういうこと??」

触れられた頬の箇所が急に熱くなり、梨江が口にした言葉で頭まで熱くなる。

「ふふっ、こんな顔を真っ赤にして、動揺する早紀の事を、生徒は知らないもんねぇ〜。
 孤高っていうより、子供っぽくて可愛いのにね?」

「な、何いってんのよ! 手、離しなさいよ!!」


梨江に言われた事に恥ずかしくなって、誤魔化すように頬に添えられた手を剥がそうとした。


「怒らない、怒らない。 ねっ? ほら、シュークリーム食べさせてあげるから♪」


そういうと、剥がそうとした私の手を逆に取り、反対側の手で、生徒が作ったシュークリームを
手に取り、梨江は私の口元にそれを近づける。


「い、いらないって!! そんな、梨江の為の差し入れなんかいらないっ!」

「「あっ」」


顔を背けた反動で、口元に寄せられたシュークリームの一部がつぶれ、
カスターとクリームが飛び出して、私の頬に、付いてしまった。


「あぁ〜あ、もう、早紀が素直に食べないから。拭いてあげるから、じっとしてて」


生徒がせっかく作ってくれた物に対して、少し罪悪感が生まれ、

私は、梨江の言う通り、手の力を抜いて、クリームで濡れた頬を拭かれるのを待った。


「じっとしていてね。」


言われるがまま、近づいてくる早紀にじっと、顔を見つめられることが恥ずかしくなり
思わず目をギュッと瞑ってしまう。

「ほら、やっぱり、早紀は、可愛い。」

小さく、梨江が何かつぶやいたと思ったと同時に、


―― チュッ 


頬に、ハンカチともティッシュとも異なる何か柔らかい感触と、拭かれるに似つかわしくない
音がして、思わず目を開けた。


「えっ??」


眼前には、梨江の目があり、至近距離に梨江の顔があることが分かった。
そして、梨江の口元が、自分の頬の近くにあることも分かった。


「そんな顔しない。 ほら、こういう時は、目は閉じるの。」

「えっ? あ、あっ・・・、梨江?」

「目を閉じて・・・。」

耳元で囁かれるように言われた言葉に、逆らえず、そのまま目を閉じると
今度は、唇の上に、柔らかい感触を感じた。


「んっ・・・・。」


唇の上に触れられているそれが何なのかは、分かる気がしたけれど
怖くて目を開けることができなかった。




少しの間があって、頬に添えられた手の感触が失せ、唇の上の温もりが無くなり、
おそるおそる目を開けると、梨江は目の前で、少し形が崩れたシュークリームを
口にしていた。


「やっぱり、今日のが一番美味しいよ。
 これ、私がもらうから、新しいのここに置いておくね。」


梨江は袋から、新しいシュークリームを取り出し、机の上の置くと、
3口ほどで、食べかけの物を食べきった。

私は何が起きたか分からず、呆然としていると
梨江は、机から腰を上げながら、耳元で囁いてきた。


「生徒に笑顔を振りまくのはいいけれど、無防備な表情はしちゃだめだよ。」

「えっ??」

「そんな表情されると、誰だって我慢できなくなるんだからね?」

「み、み、梨江・・・??」


――― キーンコーンカーンコーン 


「おっと、チャイムがなった。 そいじゃね♪」


そういうと、梨江は、隣の自分の机から、授業道具を取り、
あっという間に、部屋から出て行った。


「な、な・・・・、なんなのよっ!!!」


自分の顔が真っ赤になっているのが、嫌ってほど分かる。
さっきの出来事が、脳裏に浮かぶと、胸がギュッと締め付けられる。

あれは・・・、その・・・、キス?


梨江にキスされたの? 私??


なんで? なんで、なんで??


一体何から、こんな事になったのよ・・・。


次ぎの授業が空きで良かった・・・。
こんな顔で授業に言ったら、笑顔を振りまくどころか、挙動不審者になってしまう。


もう・・・、梨江のばかっ!!


机の片隅に置かれたシュークリームを見るたびに、先程の事を思い出してしまい
なかなか食べる事ができなかった事は、絶対に、秘密。

本当に、当分シュークリームの顔は見たくない。





―――――――――― 部屋を出た直後の梨江


あぁー、やっちゃった。

今まで、ずっと我慢してたのになぁ〜。 でも、早紀が悪いって。

あんな無防備な顔をされちゃ、誰だって我慢できないって。

キスだけじゃ我慢できなくて、思わず、食べかけのシュークリームを
口移しで食べさせたくなったけど

さすがに、それやると、口聞いてくれなくなるだろうなぁ〜。

まっ、さっきのキスの事は気にせず、普段通りに接しましょ。

本当は、家に泊まりに来た時に、酔った勢いで・・・って思ったけれど
これじゃ、さすがに誘っても来ないかな?


まいっか。 そのときは、そのときっていう事で!


さぁーて、授業に行きますか!


でも・・・、さっきの早紀の顔・・・、可愛かったなぁ〜。



早紀の受難は、まだ続く・・・? 【END?】

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