『 OASIS(オアシス) 』
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由利と再会してから1年が過ぎた。

いつもの様に、夜、由利の部屋へ行こうと、
マンション近くの小さな公園を通りかかった時、
由利が見知らぬ女性と話している姿が目に入った。

「ねぇ、由利、ちょっと助けて欲しいの。 お金貸してくれない?」

「やめてっ! 私を捨てたのはあなたでしょ?
 今更、どうして戻ってくるの? 都合良すぎるわ。」

思わず、2人がいる近くの木の陰に隠れてしまう。
話しの内容からして、由利を捨てた元彼女のようだ。

だから、どこか、割って入れない空気の2人の中に、
飛び込むことをためらい、2人の話をそっと耳にした。

「あなたが、私にそれを言うなんてね。
 私、知っているよの? 今のあなたの事。」

「えっ?」

「あなた、昔自分が捨てた相手に縋り付いて、利用してるって言うじゃない。」

「な、何を!!」

「あら、違うの?
 2丁目で、あなた達を見かけた人が、皆、口々にそう言ってるわ。」

「そ、そんな・・・。」

「でも、実際はどうせ、ヨリなんて戻せないでしょ?
 その人を捨てたのは、あなたなんだから。」

「な、何を!!」

「あなただって、昔の恋人の優しさに甘えて、利用してるだけじゃない。
 だったら、私の気持ち、解ってくれると思ったんだけど?」

「や、やめて!!」

「あなた、うまくやったわよね。
 そんなに優しい人なら、さぞかし良くしてくれるでしょう。
 惚れた弱みを捨てた後も利用するなんてね・・・、あぁ〜、怖い人。」

「やめてーっ!!」

「由利を侮辱するのは、もう辞めてください。」

もう、話を聞いていられなかった。
だから、2人の間に、割って入って、話を中断させた。

「あなた、誰?」

「今、あなたが口にしていた、由利の昔振られた者です。」

「里美・・・、どうして・・・・。」

「由利、黙っていて。」

「へぇ〜、あなたが、噂の超がつくほどのお人好しさんね。
 でもって、この状況を助けにきた、ナイト気取りなのかしら。」

「私の事は、何を言われても構わないけれど、由利を侮辱するのは許さない。」

「そぅ〜、ふぅ〜ん、あくまでも、由利をかばう訳ね。 バカみたい。
 由利は、あなたの事なんて、もう何とも思ってないっていうのに。」

「やめてっ!」

「由利に、別にどう思われようと、私は由利の側にいるって決めたの。
 それを、あなたにどうこういわれる筋合いはないわ。

 それよりも、あなたと由利の違いを教えてあげましょうか?」

「なによ・・・。」

「人としての人格の違いよ。 あなたの心は狡くて醜い、本当に最低だわ。」

「な、何を!!」

「そんな最低な人じゃ、いくら綺麗な別れ方をしても
 もう2度と、あなたと逢ってくれるような奇特な人など居る訳ないわ。」

「くっ・・・。」

「由利の前に、もう顔を出さないで。」

「ふん、そんなに格好つけても、由利は、あなたに振り向く事なんてないわ。
 せいぜい、格好つけて、そして、また捨てられるといいわ。」

「わ、私は・・・、私は、里美の事をっ!」

泣きながら、元彼女に、今の自分の気持ちを伝えようと、
尚も食い下がろうとする由利の姿を目にして、胸の中で、何かが弾けた。

「幼稚な、恋人ごっこを、いつまでも続けていなさい。」

言葉を吐き捨て、その場を後にしようとする元彼女向かって、
私は、由利の手を引き、腰に手を回しながら、元彼女にこう叫んだ。

「残念ながら、ごっこじゃなくて、もう本物の恋人同士だから。」

「えっ?」
「えっ?」

私の言葉に、驚いて振り返った元彼女、そして、私の腕の中にいる由利。

私は、やっと気がついた。本当の自分の気持ち。
どうして、胸が痛むのか、自分の痛みの信号の意味を初めて知った。
再会して、また側にいると決めた時から、私は由利の事が好きだった。

だけど、また捨てられるのが怖くて
また、離れていってしまうのが、また、追いつめてしまうのが怖くて。

だから、由利を思う気持ちを、同情という言葉にすり替えていた。

「由利、今までごめんね。 愛してる。」

腰に回した手を更に引き寄せて、由利の唇に自分のそれを重ねた。

由利の両手が、私の腕に食い込み、全身が硬直している事が解る。
静かに唇を離し、元彼女に向かって、にやりと勝ち誇った笑みを浮かべた。

「ばっかじゃないの!」

そう吐き捨てると、元彼女は、公園を駆け足で後にした。




腕の中では、由利がまだ震えている。

「由利??」

「うそっ・・・。 うそっ・・・。」

「えっ?」

「里美のバカっ!!」

バシンっ

由利は、私の左頬を叩き、腕の中から逃げ出そうと身じろぎをする。

その痛みに耐え、離れようとしている由利の体を力を込めてもう一度抱き締めた。

「離して!! 里美、やめて!」

「聞いて、由利、お願い、聞いて!!」

「いやぁっー! やめてっ!! 嘘でも、こんなの嫌!!」

「由利っ!!」

聞く耳を持たない、由利を力で抱え込み、もう一度、唇を奪った。

「ぅんっ」

由利に、自分の本当の気持ちを伝える為に、
強く、深く唇を合わせる。

そのうち、由利の身体の力が徐々に抜け、
両腕を私の背中に回して抱きついてきた。

「ぅぅっ・・・ん。」

深く重ねた唇を離し、腰に回していた片手を、由利の頬にそっと添えて
潤んだ由利の瞳をのぞき込む。

「由利、愛してる。」

潤んだ瞳から、涙が一筋零れ流れ落ちる。

「う・・・、うそっ・・・。」

小さく呟いた由利の問いには、もう一度深く唇を重ねることで答えた。

「んぅ・・ぅっ・ぅん。」

私の深く強引なキスに、涙を流しながら、由利は応えてくれた。








由利の部屋のベッド中、私の腕の中に由利がいた。
重ね合わせた素肌の暖かさが心地よく、懐かしかった。

少し汗ばんだ肌を擦り合わせるように、由利が腕の中で甘えてくる。

抱きしめている反対側の手で、由利の手を取り、その甲に軽くキスをする。
その手を、目の高さに上げて、指を絡ませた。

「何を考えているの?」

由利が小さく声をかけてきた。

「ん? いや、前に、友達に言われた事をね。」

「何のこと?」

「由利と再会する日、友達と食事していて、私は、『オアシス』だって言われたの」

「『オアシス』? どうして??」

「ん〜〜・・・、 さて、何でだったかなぁ?」

「誤魔化してるでしょ。 私に聞かれちゃ不味いこと?」

「えっ? そ、そんな事はないよ、ただ、本当に忘れたなぁーって。」

「そう・・・。 なら良いけど。」

「うん。」

「でも、その『オアシス』って、どっちの事?」

「どっちのって? 砂漠の『オアシス』しかないでしょ?」

「あぁ、そっちなんだ。 私はてっきり、もう1つの方かと思ったから。」

「もう1つ??」

「もう1つの『オアシス』なら、まさに里美みたいだなぁって思った。」

「もう1つのって、何のこと?」

「ほら、フラワーアレンジメントするときに使うでしょ?」

「フラワーアレンジメント?? 何の事??」

「洋風に、お花を活ける事。 良く籠とか、ブーケ風に活けてあったり。」

「あぁ。 でも、そのフラワーアレンジメントと、何が関係するの?」

「そのフラワーアレンジメントで、お花を活ける時にね、
 お花を挿す、ベースの固いスポンジみたいなものがあるの。」

「へぇー。」

「それが、オアシスって言うの。」

「花を活ける、固いスポンジ?? それ、オアシス?」

「そう。 知らなかった?」

「知らなかったけど・・・。 それが、私みたいって??」

「そこに活けられた花はね、オアシスに浸みた水を糧に咲き続けるの。」

「うん。」

「私は、枯れかけていたけど、
 里美という優しさに溢れたオアシスで、生き返ったの。」

「えっ?」

「今じゃ、里美がないと、私は生きて行けない。」

「由利・・・。」

「里美・・・、好き、愛してる。
 昔の私は、若すぎて、里美の優しさと愛情の深さに気づけなかった。
 でも、今はもう、それがないとダメなの。」

由利はそう言うと、チュッと軽くキスをした。

「私も、愛してる。」

由利に応えるように、肩を抱き寄せ、今日何回目か解らない深いキスをして
もう一度、力強く抱き合い、そして眠りについた。




私は由利を咲かし、生かす為のオアシスかもしれない。

由利という花を美しく咲き誇らせる為に、私は愛という名の水を与える。

私には、私を糧とする由利という花が側にある。

由利が求め続けてくれるのなら、私は全てを与えよう。

私は、由利のための、『OASIS』なのだから。




                                                        = 完 =


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