『 OASIS(オアシス) 』
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翌日、5年ぶりに由利と再会した。
逢う前、逢うことについて、自分で多少動揺していたけれど、
逢ってみると、思ったよりも、普通でいられる自分に驚いた。

逢ったからこそ解る。

由利との事は、もう昔の、過去の事なのだと。

逢ったその日は、最初、喫茶店に入り話をした。
時間にしたら、2時間ちょっと。

向かい合わせに座り、話しをしよう緊張していたのは、由利の方だった。
最初は、何から話をして良いか解らず、お互いにぎこちなかったけれど、
時間が経つにつれ、少しずつ、お互いの近況を話すようになった。

そして、その会話の中で、由利が私にメールをしてきた理由が
なんとなく伺えた。

由利は、私を振った直後につき合った相手とは、噂通り長く続かなかった。
それから、何人かとつき合ったけれど、どの人とも長く続かず、
1年前に知り合い、同棲していた相手に、1ヶ月前に裏切られたらしい。

そう、5年前の私の立場を由利が味わい、
その苦しみを知って、昔の私の事を思い出したらしい。

私が味わった苦しみを、由利も知ることになった事を聞くと、胸が苦しくなった。

けれど、自分が由利の為に出来ることなんて何もなかった。

ただ、話を聞き、少しでも気分が紛れるなら・・・、同情の一つだったのかもしれない。

それでも・・・

由利の縋り付くような視線を向けられると、手をさしのべるしか無かった。

店を出て、今日はもう帰ろうと、2人で駅に向かう途中、
由利が、そっと私の手に触れてきた。

その手がとても冷たくて、細くて
同情だと思いつつ、由利の手をそっと握りしめた。

由利は何も言わず、私の手に指を絡め、力を入れて握り返してきた。
けれど、それがとてもか弱い力で、由利のか細さと淋しさのようで、
それが悲しくて、苦しくて、流れそうになる涙をぐっと堪えた。

「また・・・、逢える?」

小さく、聞こえるか、聞こえないかの小声で、由利が呟く。

まるで、母親に恐る恐る甘える子供のような由利の言葉に、
私は握ったその手を強く握り返すことで応えた。
その日は、そのまま別れるまで、お互い何も言わなかった。



その後、私たちは、週に1度は逢うようになった。
時には、外に食事に行き、時にはお互いの部屋で、多くを語らず
ただ側にいて、お互いの温もりを確かめ合った。

けれど、由利の唇にも、由利の肌にも決して触れなかった。
由利はただ、私に癒しを求めているに過ぎず、
私は、由利の望むままに、ただ優しさと暖かさを与え続けた。



昔・・・
そう、昔、こんなことがあった気がする。
眠れぬ由利の側にいて、そっと手を握り眠りについた夜。
不安に駆られた由利を落ち着ける為に、逢えない日は語らいだ夜。

昔を彷彿させるこれらの日々は、昔とは、たった一つだけ違っている。

私の想いは、由利への愛でも、愛情でもない。

時折、由利の熱い視線を感じても、それに気づかぬ振りして
私は、触れることも、口づけすることもなかった。


私は、『OASIS』
傷つき、弱った旅人の傷ついた心と体を癒すモノ。
再び、立ち上がる力と、再び歩き出す勇気を導く存在。

自分の立場を解っているからこそ、それ以上の感情が湧き出る事はなかった。

それから、由利と過ごす時間を重ねていく度に
傷ついた由利の心も体も、少しずつ回復していった。



由利との再会から半年が過ぎ、少しずつ由利に自然な笑顔が零れ出した頃、
私は、2人の関係がそろそろ終わりを迎える事に気がついた。
なぜなら、由利は、恋の痛手の癒しを、またも恋と錯覚し始めてたから。

このままでは、私たちはまた同じ事を繰り返す。
これ以上、由利に気を持たせてはいけない。

そう考えるようになってから数日後、
由利に部屋で、私たちの関係が大きく変わる事が起きた。




いつものように、由利の部屋で、2人でソファーに並んで座り、
私は、雑誌を読み、由利は、テレビを見ていた。

会話がなくても、となりの温もりを感じることで、
部屋は、暖かい空気に包まれていた。

「里美・・・」

不意に、由利に名前を呼ばれる。

「ん? なに?」

返事をして雑誌から顔を上げると、目の前には、由利の顔があった。

「っ!!」

焦点が合わないほどの至近距離に、目を閉じた由利の顔があった。
私の両肩に、知らない間に由利の両手がかけられている。

ゆっくりとスローモーションように、距離が更に縮まり
由利の唇が、私のそれに重ねられた。

5年ぶりに感じる由利の唇はとても甘く、そして徐々に激しさを増し、
ただ、由利のなすがままになっていた。

長い間、交わしていた唇を解放され
熱っぽい由利の視線に刺される。

「里美・・・、好き・・・・・。」

そういうと、由利はもう一度唇を交わそうと顔を寄せてくる。


とうとう・・・、この日が来てしまった。

私はそっと、優しく肩に寄せられていた由利の手を取り、
寄せられる由利の顔から距離を取った。

キスを拒まれた、と由利は咄嗟に感じ、表情が固まる。

由利にそんな顔をさせたくない。
けれど、これ以上、由利の気持ちに応える事はできない。

手を伸ばし、凍り付いている由利の頬を両手でそっと包み込む。

「由利、ごめんね。
 私も由利のこと、好きだよ。

 でも、これ以上は駄目だと思う。
 これ以上、私たちは近くなると、また昔と同じ事になると思う。」

懺悔するように、由利をできるだけ傷つけないように
静かに、自分の思っていることを口にした。

「どうして・・・?」

頬を包んだ私の両手に、由利の両手が重ねられる。
けれど、その手は冷たく、微かに震えていて
由利は、その一言だけを呟いた。

「由利が今抱いている気持ちは、恋愛感情じゃないと思う。
 多分、このまま進めば、私たちの気持ちはすれ違っていく。
 だから、私たちは恋人じゃなくて、友人のままが一番良いと思う。」

手を重ねられたまま、由利の顔を引き寄せ、額を合わせる。

「どうして・・・、どうして、私のこの気持ちが恋愛感情じゃないって分かるの?
 私の気持ちを、どうして、里美は勝手に決めてしまうの?」

由利の額からも、由利の震えが伝わってくる。

「ごめん・・・、ごめんね、由利・・・。
 でも、これからも、ずっと、ずっとそばにいるから・・・。」

私は、両手で震える由利を抱きしめる事しかできなかった。



その日を境に、私と由利の関係は、曖昧なつながりではなく、一つの友情として確立していった。

最初、由利は告白を拒絶された事で、ぎこちなくなっていたけれど、私が変わらず接した事で
徐々に、その堅さも消えて、自然な友達付き合いをできるようになった。

でも、時折見せる由利の寂しい瞳、私の手に触れそうになり、慌てて離れる仕草に
胸がチクリと痛んだ。


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