『 OASIS(オアシス) 』
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由利にメールを送った後、携帯をベッドサイドに置き、もう一度横になろうとした時、
突然、携帯の着信音が未明の静まり返った部屋の中で鳴り響いた。

咄嗟に、携帯を開く。

ディスプレイに表示された番号は、登録者のものではなく、
ただ、見知らぬ数字が表示されている。

由利・・・

その刹那、この電話の相手が、由利ではないか、と予感が走る。

一瞬、出る事を戸惑いながらも、恐る恐るボタンを押し、携帯を耳にあてた

「里美・・・?」

何も言わない間に耐えかねて、由利が私の名前を呼んだ。
とても、小さい声だったけれど、
その声は、5年過ぎても忘れるはずがない人の声に間違いなかった。

「由利・・・。」

「ごめんなさい、こんな時間に電話して。」

「いや、別に・・・。」

心の準備が出来る間も無く、突然の由利の言葉に、言葉少なく答える事しかできない。

「それと・・・、突然メールしてごめんなさい。」

「謝らなくていいから。」

「ごめんなさい。」

「だから、いいから。 それよりも、こんな時間に起きてるなんて
 私がメールしたから、起こしちゃった?」

「うぅん、寝てなかった、だから、大丈夫。」

「そう・・・。」

何を話していいか解らない。

「あのね・・・。」

「ん?」

「あのね、どうしても里美に謝りたくて。」

「えっ?」

「5年前の事。 里美に酷いことをした事を、謝りたくて。」

5年前の、あの別れの事を謝りたいと、由利は言う。
けれど、その言葉を聞いた瞬間、私は、鋭い口調で言葉を返した。

「昔の事を謝らないで。
 謝られると、その時の私が惨めになるから。」

「えっ?」

「あの時、由利も私も、お互いの感情の表現の仕方がとても下手で。
 お互いの事を、きちんと解っていなかったから、お互いを追いつめて。

 今だから解る。
 あれは、当然の結果で、仕方のない結末で。
 自分では、納得して、やっと受け止められるようになったから。

 だから、昔の事を、今になって謝らないで・・・。」

「里美・・・。」

「あの頃、私は本当に由利の事が好きだったよ。
 結果的には、私の気持ちが、由利を追いつめてしまったけれど。

 でも、今になって、由利に謝られると、
 あの時の自分自身を、否定される気がするの。

 もう昔の、過去の事だけど、あの時の結果を消化して、
 今の私がいるの。 だから、昔の事はもういいから。」

「ごめんなさい・・・。
 ごめんなさい・・・。」

何度も、何度も、由利は小さく謝罪の言葉を口にしていた。
その口調から、電話口で、由利が泣いている事は解った。

そのうち、電話口で泣きながら何も言えなくなった由利の嗚咽だけが聞こえてきた。

何故、今になって、由利は昔の事を謝ってきたのだろう。
どうして、今になって・・・。

しばらくして、少し由利の呼吸が落ち着いてきた時、
思い切って、切り出した。

「由利、何かあったの?」

「っ・・・、えっ?」

「いや、どうして、急にメールしてきたのかなって思って。
 何かあったのかなって・・・。」

「・・・・。」

「何かあったの? 由利??」

「うぅん、 何も・・・。」

「どうして、今になって昔の事を言ってきたの?」

「そ、それは・・・。」

「由利??」

「あのね、里美・・・。
 あのさ・・・、今度、久しぶりに逢えない?」

「えっ??」

「少しでいいの。
 少しの時間でいいから、逢えない?」

「あっ、えっ、あっと・・・。」

「あっ、ごめんなさい。
 そ、そうだよね・・・、私、何言ってるんだろう・・・。」

「えっ? 由利??」

「何でもない。 ごめんね、こんな時間に電話しちゃって。」

「ちょ、ちょっと、由利??」

「話ししてくれてありがとう。 それじゃ・・・。」

「明日、19時に逢える?」

「えっ??」

「聞こえなかった? 19時に逢えるって聞いたの。」

「えっ? あっ、うん・・・。 大丈夫。」

「それじゃ、19時に、●●駅で」

「うん・・・。」

「それじゃ、もう遅いから、話しは明日ね。」

「ありがとう・・・。それじゃ、お休みなさい。」

「お休みなさい。」


電話を切った後、自分の口にした言葉に驚いていた。
どうして、逢うと切り出したのだろう。

逢いたいと、由利に言われた時、
心の中で、断らなきゃ・・・と思いつつ、
由利の次の言葉に、逆に、自分から逢う事を切り出していた・・・。

何故?

由利の口調から、何故か、そのまま電話を切ってはいけない気がした。
咄嗟に、放っておけなかった。

ベッドサイドに携帯を置き、改めてベッドに横になった。
もう、由利とは5年前に終わっている。

そう・・・だ・・・、だから、別に気にすることはない。

少しだけ残った酔いが、今頃になって瞼を重くする。
そのまま抵抗することなく、私は眠りについた。

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