『 OASIS(オアシス) 』
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こみ上げた怒りをぶつけるように、力の限り携帯を握りしめる。

ギシリ と携帯が悲鳴を上げる。

どうして放って置いてくれなかったのだろう。

あの日から、5年も過ぎた今になって、突然何故?

握りしめた携帯を乱暴に鞄の中に押し込める。

考えてはいけない。
過ぎた過去、戻らない時間。

由利を恨んでいる訳じゃない。
あの別れは、当然の結果だっと、現在の自分は納得している。

あの過去を否定はしない。
だからこそ、過ぎた過去を突きつけてくるような、由利のメールに苛立つ。

鞄に放り込んだ携帯の存在を忘れるように自分に暗示をかけ、
その勢いで公園を飛び出し、通勤帰りの社会人でごった返す電車に飛び乗った。





自分の部屋に戻った後、真っ先にシャワーを浴び、
冷蔵庫の中から缶ビールを開け、勢い良く飲み干す。

考えないようにすればするほど、由利からのメールの事が気になってしまう。

酔って忘れてしまえばいい。
思いついたように、普段はこれ以上飲まないビールの2本目を開け、
更にその後、3本目も飲み干した。


流石に飲み過ぎたのか、何かふわふわした感覚に陥ってくる。
このまま眠ってしまえば、穏やかな眠りにつけるだろう。

優しい夢心地に意識を委ね、ベッドに横たわり、静かに瞼を降ろした。




里美・・・
       里美・・・・


遠くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
その声は、とても遠くて隠って聞こえる。 口元を手で覆いながら何か言葉を発しているように。

とても小さく、震えているように、とてもか弱い声。

それはまるで、泣いているような・・・。

「由利っ!!」

深夜の暗い部屋の中、自分の叫んだ声と同時に目が覚めた。

突然の目覚めと、普段よりも多めの寝酒のせいで、頭に鈍痛が走る。
胸もムカムカする。

くっ・・・。

頭痛と吐き気と、そして、夢見の悪さに、嫌気がさす。
パジャマ代わりに着ていたTシャツが汗で湿っていて気持ちが悪い。

着替えをした後、コップ一杯の水を飲み干し、ベッドに座る。

なんなんだ、一体・・・。

由利が自分の名前を呼ぶ夢
まるで、泣きながら縋るように名前を呟いていた。

どうして、あんな夢を・・・。

多分それは、考えなくても答えは出ている。
全ての原因は、おそらく由利からのメール。

でも・・・
この夢は、それだけの事なのだろうか?

気にしすぎているだけ?

それとも・・・
由利からの何かの信号?

ふとベッド脇の時計を見ると、「04:06」とデジタル表示されている。

ベッドから立ち上がり、テーブルの上に放り投げていた携帯を手に取る。

冷静に考えれば考えるほど、5年ぶりという突然のメールが
由利の何かを伝えているのではないかと思う。

最初は、突然の事で、驚きと同時に怒りが込み上げた。
数時間が経った今、今度は不安と心配が胸の中を占める。

祈るように、組んだ両手の間に携帯を握りしめる。

どうか、由利の身に、何事も起きていませんように。
どうか・・・、どうか、由利が悲しみの縁にいませんように。

例え、突然突き放され、別れを告げられた人であっても
本気で愛した人だから、
自分は、その人の事を嫌いになった訳ではないから・・・。

今も、当時の想いを携えている訳ではないけれど、
それでも、嘗て愛した人は幸せで居て欲しいと願っていたから。

静かに携帯を開き、由利からのメールをもう一度、
一字一字、大事に読み返す。

この文字からでは、由利の事が何一つ解らない。
由利の心を、気持ちを、何一つ知ることができない。

そして、ゆっくりと、静かに心を落ち着けて、
由利からのメールに返信を打った。


 件名:久しぶり

 “久しぶり。
  突然のメールで驚きました。
  私は、何事もなく、いつもの日常を過ごしています。

  でも、この突然のメールに、
  由利の身に何かあったのではと危惧しています。

                             里美“


何事もなければ、翌朝、もしくは、昼間には返事がくるかと思った。


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