『 OASIS(オアシス) 』
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「里美?」

「恵美の言う事、今じゃなくて、4年早く聞けたら良かったのに。」

「えっ?」

「今なら・・・、今だからあの時由利が言っていた言葉の意味が分かる。
 恵美の言う言葉の意味が良くわかる。 だから、あれはしょうがない事だったと思える。」

「どうして?」

「私は多分、そういう形でしか人を愛せないんだと思う。
 だから、きっと対等な立場を望む人にとっては、ダメなんだろうね。
 でも、私は、こういう愛し方しかできない。 だから、はじめから由利とは無理だった。」

「里美・・・。」

「ただ、それだけの事なんだと思う。」

「里美・・・、で、でも・・・。」

恵美が何か言葉を取り繕うとしたのを遮る。

「恵美が私をオアシスに例えたのはすごい、本当に的を得てると思う。
 聞こえはいいけれど、本当の意味は、誰も留まることがない孤独な存在なんだろうね。」

オアシス・・・。 あまりに的確な自分の例えに、思わず笑みがこぼれる。

「今でも・・・、まだ彷徨っているのかな・・・。」

「何が?」

「由利が私の後でつき合った相手。 浮気性で有名な人だった。
 どんな相手だろうと、3ヶ月持たず、セックスフレンドは数知れず、そして惚れっぽく飽きやすい。」

「そうなの? それじゃ、由利さんは・・・。」

「2ヶ月で別れたっていう事を人づてで聞いた。相手は有名な人だったから。
 それからどうしてるのかは知らない。ただ、いい相手には巡り会っていないような事は耳にしたけど。」

「そうなの・・・。」

「今でも、由利には幸せで居て欲しいって心から思ってる。
 私の幸せ感を押しつけるのは由利には悪いと思うけれど。」

「里美って、本当にお人好しよね。 あんな振られ方したのに、今でも相手の幸せを願っているなんて。」

「由利が幸せになっていたのなら、もしかしたら私は吹っ切れていたのかもしれない。」

「そう・・・。 そういうものなのかしらね・・・。」

「由利がいい人と巡り会えたのなら、私は少し救われたかもしれない。」

「由利さんがいい相手に巡り会えていないのは、里美のせいじゃないわ。」

「そんなことは解ってる。
 けれど、由利にはいつも笑っていて欲しかった。
 もう傷ついて欲しくなかった。 泣いて欲しくなかった。」

恵美は俯いて、何も言わなくなった。 
窓の外を見ると雨はもう上がっていた。


食事を済ませた後、恵美はまだ仕事があると言い、店の前で別れた。




久しぶりに由利との事を思い出したせいか、封印していた記憶が押し寄せてくる。
5年過ぎても尚甦る、切なさと苦しみ。

冬の夜は冷たく、私の頭の先から背筋までを凍り付かせる。
分厚いコートを羽織っていても、襟元をマフラーで覆っていても、体が暖まることはなかった。

自宅へ帰る途中、人気のない小さな公園に足を止める。
誰もいない公園の中に入り、小さめのジャングルジムに寄りかかり、曇った夜空を見上げる。

5年過ぎていても、由利の事を忘れた事はなかった。


 次に好きな人ができれば忘れられるのかな・・・。


誰もいない公園でそう呟いても誰も答えてはくれない。

コートの両ポケットに手を入れ、何も見えない夜空を見上げたまま目を閉じた。



そんな時、内ポケットにいれていた携帯からの着信音が、静かな公園に鳴り響いた。

電話ではなくメールの着信音。
こんな時間に誰からだろうと思いつつ、携帯を取り出し、メールの送り主を確認する。

届いたメールの送り主は、私の携帯には登録されている相手ではなかったらしく、
見知らぬアドレスが表示されていた。

無差別に送られてきた出会い系からだろうか、それともメールアドレスを変更したという友人からの
メールだろうか。

とりあえずメールの中身を確認するため、届いたメールを開いた。

「お元気ですか。由利です。」

私は愕然とした。

そう書き出されていたメールの送り主は、5年前に突然去っていった由利本人だった。
今日、恵美と話した会話がフラッシュバックする。 あれは、この予兆だった?

震える手で携帯のボタンを押し、本文を読むためにスクロールさせた。


『突然のメールごめんなさい。
 今どうしているのかとふと思って。

 アドレスが変わってこのメールが届かないかもしれないけれど、
 ふと気になってメールしてみました。

 返信したくないなら返事しなくていいです。

 ただ、今どうしているのかと思ったので。
 元気なのでしょうか?                 由利』


どうして・・・、

どうして、今更こんなメールをしてくるのだろう。

何故、何故今になってメールをしてくるのだろう。


一瞬にして私はメールを閉じた。

どう言えば良いか解らない、どうしようもない感情がこみ上げてくる。

怒りに近い感情、私はこの突然のメールに激しい憤りを感じた。



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