『 OASIS(オアシス) 』
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出会った時の彼女は、人と接する事に怯えていた。
由利には忘れられない女(ひと)がいた。
由利が心から愛したその女(ひと)は、ある日突然彼女の元を去り、そして結婚をした。

結婚をした直後に一本の電話を由利に入れたその人は、

「落ち着いたら連絡をするから、待っていてね。」

そう由利に伝えると、2度と連絡をすることはなかった。
由利は2度彼女に裏切られたのだ。

それ以来、由利は人を好きになることに酷く怯えてしまっていた。
人を好きになることは怖い。 好きになってまた裏切られるのが怖い。
一人残された部屋で、かからない電話を待つ事に疲れ果てた。

でも、一人は淋しい・・・。



由利は恋人ではなく日常を共にする友人を求めてレディースバーに通い始めた。

そのころ、私は友人同士の恋愛沙汰に巻き込まれ、人付き合いに疲れていた。
だから、まるで知らない人と、のんびりと話をして気分転換をしたかった。

そんな気持ちで、普段出入りしていないレディースバーに入った。

そして、私は由利と出会った。


始めは、話が合う友達だった。 初対面の気がしないほどだった。
それからメールアドレスを交換し、携帯電話の番号を交換し、良く電話でもメールでもやりとりをした。

話す言葉は尽きなくて、電話代が3万を越える時もあった。
それでもかまわなかった。 彼女の声を聞いているだけで、心の奥が暖かいものに包まれた。


そのころから、当たり前のように、普通に買い物や映画を見に行ったりして
私たちの距離は縮まっていった。 彼女は心から私を信頼してくれていた。

私は由利の事を友達以上の感情を抱いていることに気が付いた。
会っている時間が短く感じて、どれだけ長い時間を一緒に過ごしても、すぐに別々の場所へと
離れていく事実に、いつも胸を痛めた。

由利は時々、彼女の元を去っていった女(ひと)の事を思い出しては、情緒不安定になる時があった。
そんな時は、落ち着くまで徹夜で話し相手にもなった。
由利が望んだ時は、彼女の部屋に行き、一晩中、彼女の手を握りながら眠りについた事もあった。


由利が私に求めているものは、支えてくれる友人だということは解っていた。
それでも、私は気持ちが日に日に大きくなることを押さえられなくなっていった。


ある日、私はとうとう由利に自分の気持ちを打ち明けた。
由利は考え込み、少し時間が欲しいと言った。

それでもかまわなかった。 私は彼女が答えを出すまでの間、何も変わらず由利を支え続けた。


しばらくして、由利は私の気持ちを受け入れてくれた。

嬉しかった。 幸せだった。 
私は由利を求め、そして由利も私を必要としてくれた。

私たちは当たり前のように結ばれ、そして恋人同士になった。

恋人同士になってからも、私は何も変わらず由利を愛し、優しく彼女を包んだ。
由利は喜びながら、私に全てを委ねるようになった。

全てがうまくいっていると思っていた。 終わりがくることなど考えられなかった。




つきあい始めて3ヶ月をすぎた頃、ふいに由利が私にこう言った。

「私は里美に頼っているけれど、里美は私に頼ってくれない。
 私の言うことは全て受け入れてくれるけれど、里美は私に何も望まない。
 私は自分だけが我が儘を言っている気がして辛くなるときがある。」

私は由利の言っている言葉の意味が最初分からなかった。
ただ、何か解らないけれど、自分の行動で由利を不安にさせてしまっていると感じた。

私は根本的な理由が解らないままに、更に由利に優しさで接した。
優しくすればするほど距離が開いていくことに気付かずに。

知らない間に、由利の心は届かない所へと、離れてしまった。



それから更に3ヶ月たったある日、私は由利に駅に呼び出された。

その日は雨だった。




改札を出て、駅の南口を出た所で、由利を探した。
由利を見つけた時、その表情が普通ではないことが一瞬で解った。

「由利・・・、話しって何?」

「ごめんなさい・・・。 もう無理だと思ったの。」

「無理? 無理って何が?」

「里美と一緒にいると辛いの。」

「っ?!」

「里美はいつだって私の言うことを受け入れてくれる。
 でも、里美は私に心を開いてくれない。 思っている本当のことを何一つ打ち明けてくれない。
 里美と一緒にいると、私、自分がとても我が儘で醜く思えて、辛くてこれ以上一緒にいられない。」

「由利・・・。」

「ごめんなさい。 私、気になる人がいるの。」

「えっ!?」

「その人は、私の事を好きだと言ってくれてる。
 彼女は、里美のように優しくはないけれど、不器用だけど私に甘えて心から私を求めてくれる。
 私は、彼女と一緒にいると、自然な自分のままでいられるの。」

「・・・・。」

「ごめんなさい。 これ、返す・・・。 それと、私のを返して欲しいの・・・。」

由利はそういって、私の部屋の鍵を返してきた。

私は何も言えなかった。

由利の言葉に呪文がかかっていたように、私の意志とは関係なく手が動き
そして、由利の部屋の鍵を彼女の手のひらの上に返した。

「ごめんなさい。 あなたの優しさが、純粋すぎる想いが怖くて、重くなったの。
 だから・・・、さよなら・・・。」

由利が離れていくと同時に、駅のロータリにつけてあった1台の車に乗り込む姿が見えた。
運転手の顔がみえなかったけれど、きっと話しに出た彼女なのだろう。

車に乗った由利の顔を見るのが嫌で、車に背を向け駅の中へと足を進める。

そして、背中で1台の車が走り去る音を聞いた。

その音が遠く離れてからも、私は駅に佇んでいた。

由利が戻ってきてくれるかもしれないという起こり得ない奇跡を念じながら。

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