『 OASIS(オアシス) 』
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その日は雨が降っていた。

振り返らず、走り去る車の音を背中で聞いた。

駅に向かい、一緒に過ごした幸福な記憶を思い出す。

そして、2時間その場に立ちつくし、あり得ない奇跡をどこか心の片隅で、縋るように願っていた。

走り去った車が再び戻って来ること。



そして奇跡は起こらなかった。



『Oasis(オアシス)』












「ねぇ、好きな人とかいないの?」

こう聞かれるのは何度目だろう。

「好きな人はいないけど、忘れられない人ならいる。」

こう答え続けて何年になるだろう。

「相変わらずなのね。」

呆れ気味に恵美が言う。

「そうだね、相変わらずかもね。」

半年ぶりに恵美と食事を取りながら、窓の外に目をやる。
外は雨だった。

「まだ忘れられないの?」

「さぁ? 忘れる日が来るのかは、私が聞きたいくらいかな。」

「忘れないのは、忘れたくないからじゃないの?」

「そうかもしれない。」

思わず苦笑する。

確かに私は忘れたくないのかもしれない。

別れが唐突だったからなのか。
残酷な台詞を突きつけられたのは、彼女の優しさだと思っているからなのか。
それからの彼女が、幸せな恋をしていないことを知っていたからなのか。

「でもね、楽しかった時間もあったはずなのに、今じゃ思い出せない。
 忘れていないことは、突き放された時の事ばかり。 いい加減、楽になりたいのにね。」

「里美・・・。」

「忘れたくないって思っている事ほど、気が付くと忘れてしまって
 忘れたいって願うものほど、心に深く刻み込まれてしまう。 人間は矛盾しているね。」

私の目線が遠くに行っていることに気づき、溜息をつきながら恵美は唐突に言う。

「里美、オアシスって解る?」

突然の言葉に、一体何の事だか解らず聞き返してしまう。

「オアシス? オアシスって、あの砂漠にあるオアシスの事?」

「そう、そのオアシス。
 あなた、どうして相手が離れていったのか、解っていないでしょう。」

「解ってる・・・。 解ってるつもり。」

「里美はね、好きになった相手の事を大事に想いすぎてしまうのよ。
 大事にしすぎて、相手の為に自分を殺してしまう。」

「・・・。」

「彼女は、哀しい恋に傷ついて満身創痍だったところに、あなたと出会ったのよ。」

「うん。」

「いわば、砂漠の中を彷徨って、息も絶え絶えなところに、あなたというオアシスを見つけたの。
 あなたは、傷つき疲れ果てた彼女に安らぎの場と息を吹き返す水を与えた。」

「それで?」

「人を好きになることに傷ついて怯えて疲れていた彼女は、あなたの優しさと誠実さに自然と惹かれるわ。」

「うん。」

「疲れ果てていた所に、自分を純粋に愛してくれる人がいたら、その優しさに身を委ねるものよ。
 でも、その優しさに包まれる事が当たり前になってしまった時、新しいものを求め始めてしまう。」

私はだまって恵美の言葉を聞き続けた。

「砂漠の中で見つけたオアシスで気力も体力も全て回復した時、人は改めて自分の求める場所へと旅立つわ。
 わかる? オアシスは心を潤し、体を癒してくれるけれど、でも、そこに人は留まらないの。」

私は黙って目線を窓の外に向ける。

「里美、あなたは愛した相手に与えすぎてしまう。 でも、それが当たり前になってしまった時
 相手はあなたにそれ以上の良さを見いだすことができなくなる。 だから、離れていくのよ。」

「その通りだと思う。
 私は、想う相手に優しくすることしかできない。」


私は、由利を愛していた。 心から、彼女の全てを愛していた。
彼女の全てを受け入れ、ありったけの優しさで彼女を包み込んだ・・・。

そのつもりだった・・・

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