【 美女と普通 】
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=1話:青天の霹靂=



えぇーっと、これは・・・?



朝、いつもと同じように、学校に登校し、下駄箱を開くと
なんとも似つかわしくない物が上履きの上に一つのっかっている。

── ???

目にして、一応、なんとなくは、それが何かは想像がつくが、
一応手にとって見てみる。

── うーん・・。
    やっぱり、これは、封筒だよねぇ。


これは、よく言う封筒というもので、宛名も差出人も書いていない。
裏を見てみると、ちゃんと糊付けしてある。

封筒である事は、分かった。

── んじゃ、これは、何のためにわたしの下駄箱に??

開いて良いか躊躇し、とりあえず、ブレザーのポケットに入れて
上履きに履き替え、階段を上る。

下駄箱に、手紙。
漫画やら小説やらで出てくるのは、ラブレターというのが決まり事。

でも、ここは女子高。
女子高の下駄箱に手紙を入れると思われる人物といえば、
おそらく生徒。(教師がそんな事をするとは思えない)

生徒ということは、もちろん女の子・・・。

まぁ、女子高といえば、そういうのがなきにしもあらずだが・・・、
でも、自分にはそういうたぐいのものを受け取る覚えもない。

普通、そういうのを貰う相手というのは

1)運動神経抜群で、ボーイッシュな運動部。(背が高いのが相場)

2)美形で可憐なお嬢様(定番は黒髪のロングストレート)

3)知的でクールビューティーな、茶道or華道、もしくは文芸部員
  (この場合は、やはり部長っていう感じだろうか)


まぁ、代表的にいえば、この3つのパターンじゃないだろうか?

ところが、自分はまるでこれに当てはまらない。

普段から自分で言うのも何だが、無気力が歩いている感じだし、
勉強は、並みという所だろうか。(上でもなく下でもなく)
運動神経、悪い方ではない?けれど、やはり平均レベル。

顔立ち? 中学生時代の男の同級生から、つまんねー顔と言われていた。
体型?  まぁ、おそらく身長と体重からはじき出す数値でいうとこれまた見事な平均値。

トータルすると、平凡が歩いてる、ごくごく一般人という所だ。
例えるなら、ドラマの登場人物で言うと、通行人AかBという感じ。



考えながら気がつくと教室のドアをくぐっていた。

席に着き、ようやく目覚めが悪い頭がはじき出された結論。

── 呼び出し or 不幸の手紙


まっ、こんな所だろう。


はぁ〜と溜息とつきながら、ポケットに入っていた封筒を取り出す。

すると────


「おっはよー!! 泉!!」

けたたましい声と共に、頭をはたかれる。

「いてっ!!」

「朝から、湿っぽい顔してるじゃーん、どしたの?? あれ?」

自分が手にしている封筒の存在に、登校したての陽子が気付いた。


「その水色の封筒、どうしたの?」

「んーっと、朝学校に来たら、下駄箱の中に入ってた。」

「えぇぇぇっ???」

「ちょ、ちょっと、陽子声が大きい!!」

教室にいる友人の視線を一斉に浴びて、慌てて陽子の口を押さえる。

「あっ、ご、ごめん・・・。 あっ、えっとー、でもさぁー、それってさー・・・。」

「陽子ストップ。 言いたい事はだいたい想像がつく。」

「ねぇねぇ、読んだの? 誰から? 何が書いてあった??」

今度は陽子は、ニヤニヤしながら、小声で答えをせっついてくる。

はぁ〜、やっぱりラブレターとかと思っているんだろうなぁ〜。


「あのさー、陽子。 盛り上がってる所悪いんだけど、
 わたしが、ラブレターとかってたぐいをもらうようなタイプだと思う??」

「──────。  違うの? 」

「まだ見てないけど、どー考えたって、それはないでしょう。」

「でも、開けてみないと解らないじゃーん♪」

「そりゃ、そうだけどさー。」

「開けよ♪ 開けよ♪」

「ん────、うん。」


なんで、陽子の目の前で開けなきゃいけないか解らないけれど、
1人で悩むよりはマシかと思い、恐る恐る封筒をそっと開ける。

水色というよりは、絵の具の青を水に溶かしたような薄い青の封筒の中から
同じ色の便箋が入っているのが見える。

そっと、その便箋を取り出し、折ってあるそれを優しく広げると・・・・。


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今日の16時 生徒会室で待っています。

                           田代 静香


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えぇーっと、これは────


「泉・・・。」

「やっぱり、これってさぁー、呼び出しって奴?」

「そうだね・・・。」

「でも、この人誰?」

「───────っ?!」

そんなに変な質問をしただろうか?

「い、泉・・・、あ、あのさぁ・・・、それって、マジで言ってんの??」

「ん? 陽子は、この人の事知ってるの?」

「えっ、あ、あのさ・・・、し、知ってるもなにも・・・。」

「誰?」

「はぁ〜・・・、 泉がいくら人を覚えるのが苦手って言っても、これは重傷だよ。」

「へっ? 何で?」

「この人、生徒会長でしょうが。」

─────生徒会長??

生徒会長というのは、うちの学校の生徒会で一番偉い、あの生徒会長の事だろうか?

「この人、生徒会長さん?」

「あんた、いつも生徒会総会とか寝てるでしょ。」

「だって、興味ないもん。」

「田代先輩は、学校一番の美女で才女。
 恋い焦がれる生徒の数は、1学年の人数を超えると言われる人よ?」


「1学年・・・、ってことは、残りの2学年の人は、興味ないんだ。」

「揚げ足を取らない!!
 同性であっても、それくらい田代先輩を本気で好きになっている人がいるって事!!
 1学年の人数ってことは、150人以上よ? 解る??」

「はぁ、そうですか・・・、そりゃ凄い。」

「本当に解ってるの??」

「まあ、その、なんとなく・・・・。
 でも、そんな有名な人が、なんで私の下駄箱に、こんな手紙を??」

「そ、そんなの、知らないわよ・・・。」

まじまじと、一行限りの文面を眺める。

どう考えても、何かおかしい。
いくら有名人であっても、その人から、呼び出しを受ける覚えはない。

生徒会室での呼び出しなんて、普通じゃない。

何か規則に反していての呼び出しなら、こんな手紙での呼び出しはない。
それじゃ、この手紙の意味は??

「あっ、ねぇ、陽子。これってさー、下駄箱間違えたんじゃないかなぁ? この人。」

「えっ? なんで??」

「だって、この文面には宛名ないし、生徒会室に呼び出される覚えないし。」

「なんかしたんじゃないの?」

「規則違反とかなら、手紙とかじゃなくて正式に呼び出されるでしょーが。」

「そりゃそうだ。」

「という訳で、これは間違いの手紙です。 あとで返却することに決定。」

「えっ? 返却ってどうすんの?」

「あっ、えーっと、教室に届けて上げようと思ってるけどー。」

「そんなの、ダメダメ!! 田代先輩、ただでさえ目立つんだよ!!
 ”間違ってますよ!”って返すと、人目に付くじゃない。」

「んじゃー、どうすりゃいいの。」

「えぇーっと、メモつけて、先輩の下駄箱に返すっていうのは?」

「そんなん、先輩は生徒会室で待っているんでしょ?
 帰るまで、下駄箱なんか見ないじゃない。」

「あっ、そっか。」

「あぁー、もうめんどくさい。 放課後に生徒会室に返しに行く。
 生徒会室なら、そんなに人もいないだろうし。」

「そうだね、そうしなよ。」

「そうしよう、そうしよう。」

結論が出た所で丁度朝のチャイムが鳴った。


安心をしたおかげで、その後の時間、手紙の事を気にすることはなかった。

そして、放課後

──15:00


ほんと、面倒だよなぁ〜。

ぶつぶつといいながら、場所は知っているけど、入った事がない生徒会室に向かう。
生徒会室のドア手前には、一年らしき生徒が5,6人磨りガラスの向こうを覗こうと
背伸びをしたり、無駄な努力をしている姿がある。

これが噂の田代先輩のファン?
まぁ、ご苦労なこって。

関心したものの、ここでドアの前から田代先輩を呼び出すと、このファンの子の目に付く。

しょうがない。
不本意だけど、生徒会室の中に入るしかない。

──トントン 

「失礼します。」

中の返事を待たずに、面倒なのでドアを開けてさっさと入る。
背中に突き刺さる視線を感じるが、気にしていられない。

開けたドアを後ろ手に閉め、廊下で聞こえたヒソヒソ声が遮断される。

あまり広いわけではない生徒会室の中には、1人の女性が
本棚のファイルを整理している。

中には他に人がいない。 
この人が田代先輩かは、解らない。 他の役員かもしれないし。

廊下のファンは、先輩が来ているか解らず、ソワソワしていたのかもしれない。

「すみません。」

本棚に近づき、唯一いるその人に声をかけると、その女性はゆっくりと振り返り
満面の笑みを浮かべ、手を止めて、私の方にやってくる。

「すみません、田代先輩は、いらっしゃってますか?」

その人が口を開こうとしていたその前に、先に自分の用を切り出す。

突然、満面の笑みが、驚きの表情で目が見開かれる。

「すみません、田代先輩に渡したいものがあったんですが、
 いらっしゃらないようなら出直します。」

そう言うと、その場を後にしようと、ドアに体を向ける。
その時、

「待って。」

突き刺さるような声で呼び止められ、咄嗟に反応して振り返る。

「私が、お探しの田代よ。時間よりも随分早くに来てくれたのね。」

あっ、この人が田代先輩なんだ。 
本人目の前にして、その人の事を訊ねるなんて失礼な事をしただろうか?

ってか、それよりも、今この人が口にした言葉は、何?

時間よりも早い?? 一体何を言っているんだろう?


「あっ、えぇーっと、すみません。
 今朝、自分の下駄箱に、この手紙が入っていまして。
 失礼かと思いましたが、開けて見たところ、先輩の名前が書いてあって。
 これ・・・。」

「中を読んだのでしょう? だから来てくれたんじゃないの?」

「はぁ?」

この人は、ますます何を言っているのか解らない。
中を読んで来てくれたんじゃないのか?って、これじゃ、まるで私を待っていたかのようで・・・?

「あっ、あのー、そのー。」

「なに?」

「あのですね、ここに来たのは、この手紙、
 先輩が、下駄箱を間違えたんじゃないかと思いまして。 それで・・・」

「間違えた?」

「えっと、その宛先が違ったんじゃないかと思いまして、それで・・・。」

「あぁ、そういう事。
 あなた、その手紙は間違って届いたと思って、届けに来てくれたのね?」

「は、はい。」

やっと、こっちの意図が伝わって、まずは、一安心。

「別に間違ってないわよ。」

「へっ??」

「聞こえなかった? 間違ってないって言ったのよ。
 その手紙は、間違いなく、あなたに宛てたのよ、 笠井 泉さん?」

───?!っ

へっ? 今、この人は何を言ったんだ?

間違ってない? この呼び出しのメールは、私宛?

なんの為に? それより、この人、私の事知ってる??


「あ、えっと、あの、私の事を知っているんですか??」

「知ってるから、この手紙書いたんじゃない。」

「あっ、あの・・・。」

「来てくれるか解らなかったけど、時間よりも早く来てくれたから驚いたのに。
 でも私の事が解らないなんて・・・、ちょっと新鮮だわ。
 これでも、自分の事は、割と知られていると自惚れていたのだけど。」

目の前のその人は、眩しいほどの笑みを浮かべて私に微笑む。

普通の人、この人のファンならば、卒倒するほど喜ぶんだろうけど
自分は一瞬にして、背筋が凍る。

───怖い

足の裏が床に貼り付けられているように、足が動かない。

呼び出した用は、何ですか? と聞かなければならないのに
口が動かない。 切り出せない。

本能的に、聞いてはいけない事を察知する。

「どうしたの?」

一歩、先輩が私の前に近づく。

自分の表情が、固くこわばっているのが解る。
おそらく、ものすごい酷い顔をしているだろう。

恐怖が、床に張り付いた足を、後ろに動かす。

「笠井さん、お話があるの。」

二歩、先輩が更に近づく。

「えっと、あ、あの・・・、私、用事が・・・。」

麻痺した思考とは無関係に、勝手に自分の足が三歩下がる。

「そんなに時間取らせないわ。」

柔らかな笑みから、真剣みを帯びた視線を投げて三歩、先輩が踏み込む。

「あっ、あの、わ、私は、話し無いので・・・」

反射的に四歩下がった時、先輩の背にある本棚の向かいの壁に背がぶつかる。
それ以上下がれない。

視線を、先輩から外し、自分が逃げるべきドアの位置を確認する。

そっと、体を出口の方に向けながら、ドアへと足を踏み出そうとした、

────その時

先輩の腕が、壁につき、ドアへ向かう私の体の動きを遮る。

細くしなやかな先輩の腕が、思いの外に力強く
逃げようとした私の体のベクトルを全て吸収してしまう。

動きを封じた先輩の右腕が、優しく一瞬のうちに
私の腰を包み込み、知らない間に、背中から優しく包まれる。

「あっ・・・」

体全体で、先輩の体温を感じた時───



「あなたが 好きです。」



耳元に、吐息を感じたと同時に、頭の中に言葉が刻み込まれる。


その言葉と同時に、腰に回されている手に力が入れられ
抱き締められている力が増す。


体も頭も心臓も、全てが麻痺して動かない。

この人は、誰?

体に力が入らない。
その人の言葉に、体中が縛られ、何一つ動かせない。

今何が起きている?

一生懸命に、思考を動かそうとしたその時、
腕の力が弱まり、腰に回っていた手が両肩へに移り、
ゆっくりと、肩から体の向きを入れ替えられる。

糸の切れた人形のように、いいように体を動かされ
いつの間にか、先輩と向かい合う姿勢に変わっている。

自然と、眼前に先輩の顔があり、視線が絡まる。

先輩の瞳が潤んでいる。
体を動かす思考とは別に、目の前にあるものを観察してしまう。

彫りが深く、モデルのように整った顔。
この人は、全生徒憧れの的。

美女というのは、こういう人の事を言うのだという見事な見本。

関わることがなければ、こういう人とは、一生縁などないはず。

普通の代表である自分とは、きっと生きる世界が違う。
そう思わされてしまうほどの、美が、ここにある。



しかし、その人と、今自分はどういう状況に・・・

絡まった視線を外すことができないでいた時、
視界に移るその人の姿が徐々にクローズアップされる。

これは・・・ Kiss??

先輩の吐息を自分の唇に感じた、───その瞬間


自分の危険回避本能が、両手で先輩の体を押しのけ、
全身をドア向こうへと突き動かした。


残った力を振り絞り、ドアをたたきつけるように閉めた後、
廊下にいた後輩の視線など物ともせず、全力で走り去った。



走って走って、ひたすら走り去った。

自分のクラスにたどり着いた時には、肺の中の酸素が全て使い切った後で
倒れ込むように、ドアをくぐった。

「泉?? ど、どうしたの???」

駆けつけた陽子は、倒れ込む私の体を支えてくれた。

今日は一体なんていう日なんだ。
これを、青天の霹靂っていうんじゃないだろうか??

そんな事が脳裏浮かびながら、激しい体力と精神の消耗によって、意識が途切れた。



                                                2006/12/02
 
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