『 約 束 』
<<TOPに戻る
※本編は百合小説ではありません。


1通の手紙が届いた。
差出人は、あまり思い出したくない相手だけど、忘れられない人物。
開封するかためらわれたけれど、20年ぶりにコンタクトを取ってきたという事は
何かあったということなのだろう。

私はその手紙を開け、1枚の便箋の内容に目を通した。

行かなければ。

差出人は、中山 潤。

かつて私が心から愛した女性と結婚した彼。


彼が20年ぶりに私によこした手紙。
彼女は知らない、私と彼との間で交わされた約束。
短く書かれていた手紙だけでは状況が解らない。

それでも、私は行かなければならない事だけは解った。

私は急いで荷造りをし、その日のうちに彼の所に向かった。




『 約 束 』





20年ぶりに再会した場所は、病院の一室。
ノックをすると、静かな声で返事が聞こえてきた。

「どうぞ。」

静かにドアを開くと、潤がベッドから上半身を起こし窓の外を見つめている姿があった。

「久しぶり。」

私が声をかけると、体をゆっくり私の方へ向け、穏やかな笑顔で私を迎えてくれた。

「やぁ、久しぶり。 来てくれたんだね。」

「20年ぶりね。 お互い少し老けたかしら。」

質素な病室を見渡し、ベッド脇にあったイスに座った。

「まぁ、そうだね。 僕も君も、お互いいい歳になってきたからね。」

少しだけ交わした言葉が、昔を思い出させる。
目を閉じると、あの頃の事を昨日のように思い出せるだろう。

私と潤と唯。 3人で過ごしたあの頃、輝いていた時間。
20年という歳月は、輝いた時間を思い出に、若さを老いに変えていた。

「唯は?」

久しぶりの再会に、足らない1人の名前を挙げる。

「あぁ、唯は夕方から来る事になっている。 この時間に来てくれて良かった。」

潤の言葉が重く響く。
穏やかな空気が徐々に重さを帯びてゆく。

「手紙読んだわ。 でも、あれだけじゃ解らない。」

潤からの手紙には、数行の言葉しか書かれていなかった。

『明日奈

あれから20年時間が過ぎた。
君はあれからどうしているのだろうか。 この手紙が届くだろうか。

君と交わした約束の事で話がある。

もし届いたのなら、次に書く所へ来て欲しい。』



この手紙を読んだ時、何かが起きたのだろうと思った。
それと同時に、潤が私との約束を守り続けてくれている事が伝わってきた。

何が起きたのかを聞く為に、約束を忘れず守り続けている事へ感謝をする為に
私は20年ぶりに会いにきたのだ。

「来てくれてありがとう。 いや、きっと手紙が届けば来てくれるとは思っていたよ。」

彼は静かにまた窓の外へ視線を投げる。

「癌なんだ。 早ければあと1ヶ月、持ってあと3ヶ月。」

静かな彼の告白に、私の体は落雷を受けた。
あまりの衝撃に、体を動かすことも、何か言葉を発することもできない。

「君との約束がもうすぐ守れなくなる。 だからこの後の事を明日奈に託したい。」

そう言うと、彼は私の目に真剣な眼差しを向けていた。

「じ、潤・・・。」

「唯の事を、唯を頼みたいんだ。
今でも僕の看護で唯は疲れきっている。 これから最後を迎えるまでまだ少しの時間がある。
更に唯はやつれ、疲れていくだろう。 僕がいなくなるという現実の不安を抱えながら。」

私を捕らえていた彼の目は閉じられ、懺悔のように苦痛に耐えながら彼は言葉を続ける。

「今の時点で、君との約束を守れていないと思っている。
それでもお願いをしたい。 唯を、唯を支えて守って欲しい。 君が僕に託したように。」


次のページへ>>