『Turning point』
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別れを切り出したのは、彼とのつきあいが半年過ぎたころだった。


半年たっても拒み続けることで彼はどうしていいか解らないという不安と寂しさが顔に出るようになっていた。
これ以上、彼を苦しめてはいけない、騙してはいけない。 そう思い、私から別れを切り出した。

彼はなんとなく予想していたらしく、ただ一言「解った」と言った。



その日を境に、私と彼は元の同僚に戻った。
私は罪悪を感じていたため、彼に対してどう接していいか解らなくなっていたが、
彼は今まで通りに接してくれた。何も変わらず彼は優しかった。

その優しさが辛くて、苦しくて、誰もいないロッカーでむせび泣いた事もあった。


更に半年が過ぎて、ようやくわだかまりもなく彼と昔のように接することができるようになった。
彼と終わったことは、朋美には告げなかった。


それからしばらくして彼に関西の営業所への転勤辞令が出た。
転勤の前に一度一緒に飲まないか?と誘われ、久しぶりに2人で夕食を取った。


いつものように何気ない会話をし、転勤先の仕事のことや、これからの事を彼は静かに語っていた。

数ヶ月前に彼は知人の紹介で知り合った人とつきあい始めたらしい。
そして、転勤先の仕事に慣れたころに、彼女にプロポーズをするのだと嬉しそうに静かに笑っていた。

私はそれを聞いて嬉しくなり、気がつくと涙を浮かべていた。
それを見て彼が驚いていたので、嬉しくて思わず涙がでたことを告げた。

振られた相手にそこまで喜ばれると、複雑な心境だと苦笑いしていた。
それから、「ありがとう」と彼は静かにつぶやいた。

この言葉で、私は自分が彼にしたことを赦された気がして、また泣いてしまった。
そんなに泣くなよ、と慌てた彼は、私の頭をなでながら、


「いつか、和美の想う人に気持ちが届くことを祈っているから。」


と耳元で囁いた。
私はあまりの驚きに涙がとまり、彼の顔を呆然と見つめていた。

彼は始めから解っていたのだ。私の心の中に誰かがいたことを。

彼は何も言わずに、静かに微笑んでいた。 その笑顔はつき合いを申し込まれた時の笑顔と同じだった。


その一週間後に彼は転勤し、そして更に半年過ぎた後で結婚した。
私は、嬉しそうに微笑んで映っている2人の結婚写真のはがきに、「おめでとう」と心を込めてつぶやいた。
私はようやく彼への罪悪感から解放されることができた。



私は2度と同じ過ちを繰り返さないことを心に誓った。
朋美への想いが終わるまで、この想いが続く限り、孤独と共に過ごしていくことを決意した。


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