『Turning point』
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どのくらいそうしていただろう。 気がつくと朋美は私の腕の中で寝息を立てていた。
私はそっと彼女の頭を腕の中から解放し、膝の上に静かにおいた。

短めのうっすらと茶色の入った柔らかい髪に触れながら、優しく頭をなでていた。


朋美の懺悔を思い返しながら、私は自分のしてきたことを思い出した。
朋美は、好きだった人を忘れる為に新しい恋をしようとしていた。



私は朋美への気持ちをごまかすために、会社の男性とつきあったことがあった。
それは朋美のような前向きなつきあいではなく、周りへの、朋美への、自分自身へのカモフラージュそのものだった。


入社して数年たった頃、朋美に何度か恋愛について聞かれたことがあった。
好きな人いないの?とか、つきあったりしないの?と。
私はそのつど適当に濁していたが、そのうち気づかれるのではないか?と焦りを感じていた。


また、そのころ大学時代の友人の結婚ラッシュが始まり、
結婚式に呼ばれる機会が続き、その都度友人の幸せを見せつけられていた。

自分はこうして友人に祝福される事がなく、この想いも報われることがなく
人の幸せを目の当たりにする度に、自分の孤独を思い知らされていた。

その頃の朋美は新しい人との恋愛を初めたばかりで、時々惚気を聞かされたりしていた。
大学の友人の幸せをみせつけられ、想いの相手からは惚気られ、疲れ果てていた。


癒されたい、人並みに私も幸せになりたいと思いながらも現実に引き戻される繰り返しの日々だった。


そんな時、一緒に仕事をしている同僚から休日に仕事を手伝って欲しいと言われた。
同期である彼は、気を使わずに安心して仕事ができる相手だった。

手伝いをしたけれど、基本的に休日出勤を認めない会社なので、
彼は休日手当が付かないお詫びにと夕食をご馳走してくれた。

会社外で彼と何気ない会話をしていると、どこか安心できるものを感じた。
きっと、兄がいたらこういう感じなのだろうと思った。

実際、同期ながらも彼は大学院を出ていたので年齢は上だった。
少し変わったところもあったけれど、優しくて人当たりがいい人だった。

平日の仕事帰りにも何度か夕食をともにするようになった。

同じ仕事上、残業で遅くなった時にお互い一人暮らしでまっすぐ帰っても
食事を作るのが面倒だという利害が一致していたから。



何度か食事をするようになって、不意に彼に恋人がいるのか?と聞かれた。

いないと答えると、俺でどう?とビールを片手に笑顔で言ってきた。


一瞬、朋美の笑顔が浮かんだ。


でも誰かが頭の中で、それは叶わない恋だと囁いた。


この人なら一緒にいられるかもしれない。
ただそれだけで、私は彼のグラスに私のグラスを軽く当てて笑顔を返した。


こうして私は彼とつき合うことになった。


しばらくして、もちろん朋美にも、打ち明けた。

一瞬驚いていたけれどすぐに笑顔で、そうなんだ、おめでとう!と笑顔を返してくれた。
心底喜んでくれている彼女の笑顔は残酷で、私は胸を五寸釘で打ち付けられているような痛みを覚えた。


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