『Turning point』
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「なんでその人を好きになったのかは解らないの。 知らない間に好きになっていたわ。」



ガラス越しに外を見ながら朋美はグラスを両手で抱え込むようにしてぽつりぽつりと話しだした。
私は黙って話を聞いていた。


「最初は自分の気持ちが分からなかった。 一緒にいて楽しい、安心する、ただそれだけだと思っていたの。
 でもある日、その人に恋人ができたことを知らされて、私は初めて自分の気持ちに気づいたの。

 あぁ、私この人のことを好きになっていたんだって。その人の横にいるのが自分じゃないって解って
 初めて、私じゃない誰かがあの人の隣にいることが嫌だって言うことで気づいたの。

 そう思った時にはもう遅くて。でも、私はその人との関係を壊したくなかった。
 だから、恋人ができたことを心から祝福したわ。心では、嫌、行かないでって叫びながら。」



彼女の許しを請うようなな告白を、渋くしびれるような赤ワインと一緒に飲み干す。
そのたびに、胸が酷く軋んだ。言葉を聞く度に、ワインを口にするたびに。
それでも、私は彼女の懺悔を聞かなければならない。
懺悔をする彼女の言葉を全てうけとめることを彼女自信が望んでいるのだから。



「その人にとって、私はいい仲間、そんな風にしか思ってなかったと思う。
 幼なじみとか、腐れ縁とか、そういった一緒にいて当たり前みたいなごく自然な関係。
 でも、近すぎたから、一番手が届かない人なんだって思い知ったの。

 自分の気持ちを打ち明けようって何度も思ったわ。
 でも、その人の笑顔を向けられると、何も言えなくなった。

 あの人の無邪気な笑顔を2度と見られなくなるかと思うと、耐えられなかったから。

 だから、決めたの。 自分の思いは封印するって。
 私もあの人とは別の誰かを捜して、お互いにいい友達を持続させようって。

 別に、好きでもない人を無理矢理恋人にしようなんてつもりじゃなかったの。
 あの人以外の誰かを愛せるようになりたかった。 だから他の人と恋をしようって思ったの。」



私は沈黙とワインを飲み干す時の喉の音で彼女の懺悔に相づちを打っていた。


「でも、ダメね。 忘れられない人がいるのに新しい人とうまく行くはずがなかった。
 最初はそれでも、いつか忘れられるって思ったけど、いつも相手が気づいてしまう。

 気づかれるとその場しのぎの関係なんて、いつも簡単に終わってしまった。
 その度に、和美に愚痴っていたの。 口では、振られた相手への愚痴を言っていたけど
 本当は違うの。いつも、私自身の諦めの悪さにうんざりして自分に呆れていたの。

 だから、自分自身が解らなくなるくらいに酔いたかったの。」



気がつくと、彼女のグラスが空っぽになっていた。
私は黙って開いたグラスに多めのワインをつぎ足した。
もっと酔わせる為に。いままで言えなかった懺悔を全て吐き出させるために。

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