『Turning point』
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「和美、今日何時頃あがれるの?」

「悪い、まだ仕事が片づかないから、先あがっていいよ。」

「えぇー、また一緒に帰れないの? せっかくご飯一緒に食べようかと思ったのにぃー。」

「ほんと悪い! この埋め合わせは今度するから。」

「そういって、前の分もまだ埋め合わせしてもらってないよ? もう・・・。」

「わかった、今度こそ、好きなものごちそうするから。 あっ、電話だ、ごめん! またね。」


私があわてて電話を取り、取引相手と話しをしているのを不機嫌そうに見ながらも、
朋美は黙って煎り立ての珈琲が入った紙コップを私の机に置いて、帰っていった。

電話はすぐに終わり、机の上におかれた珈琲を口にしながら、
怒りながらも気遣いを忘れない彼女の優しさに胸を締め付けられた。

この胸の痛みは10年の間治まることはなく、日に日に増していくものだった。
それは辛く苦しいものであったけど、同時に喜びでもあった。
なぜなら、それは彼女と何も変わらず同じ日々を過ごしている証であったから。


初めて彼女と出会ったのは、今勤めている会社の面接試験の日だった。
世の中の景気は悪く、大卒であっても何件もの会社訪問を余儀なくされるご時世。

私自身も、4年生でありながら、7月まで会社の内定を取れず、慣れないリクルートスーツで
背中に汗をかきながら歩きづらいパンプスに不満をあらわにして会社訪問を繰り返していた。

その日、面接待ちをしていた控え室で、私は額の汗をハンカチでぬぐっていた。
そこへ彼女、朋美が入ってきて、迷いもせず私のとなりの席に座った。
ドアを開けて彼女が入って来た瞬間、私はもう目を奪われていた。


社交辞令程度の言葉しか交わしてなかった。
それでも、私は彼女の一挙手一投足に目が離せず、呼吸がうまくできず眩暈を起こす寸前だった。

意識が宙を舞っていながらも、彼女とこの会社で必ず再会するという念を込め、、
口べただった私はいままでにないくらい、面接をスムーズにこなすことができた。
人間、やる気と勢いでどうにかなるものなんだと、この時知った。



今になってみれば、彼女とこの会社で再会できる保証など何一つなかったのに、
私は内定通知を受け取っただけで、空が飛べるほどに気持ちが舞い上がった。


初めての出会いから、再会までは7ヶ月の期間があった。
そして、会社の入社式の日、私は朋美と再会をした。
初めて出会った時の衝撃が、この再会を約束していたことを私は解っていたのかもしれない。

面接の時、5〜6人いた女性が、入社してみると私と朋美の2人だけになっていた。
おかげで、同期というくくりと、同性というくくりによって私たちは自然に友達になった。
職場は隣同士だった。お互い営業事務についたので、仕事の相談もできた。


毎日顔を合わせ、お昼を一緒に食べ、時々夕食を食べに行き、たまに休日を一緒に過ごしたりもした。
10年間、友達として親友として多くの時間を共にしてきたけれど、
私の胸の苦しみは、心臓の鼓動と同様に私の体の一部となった。

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