【 Step by step 】 | |
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顔で笑い、心は引き裂かれ。 一体、何度この痛みを味わなければならないのか・・・。 あと1週間、せめて、あと1日会う約束を早めていれば・・・。 ほんの少しの勇気があれば・・・。 全ては結果が違っていたかもしれない。 でも、もう全ては遅かった・・・。 = Step by step = 新しい出会いができたと、彼女にうち明けられてからは 極力連絡を取り合うことを避けるようになった。 彼女は、新しい恋人との付き合いがあるだろうし、 なにより、そんな新しい恋人との事を知りたくなかったし、 彼女への募る思いの整理も終わっていなかった。 毎日悔やんだ。 どうして、彼女の話をちゃんと聞いていなかったのだろう。 どうして、彼女に新しい出会いがある前に、会う約束をしなかったのだろう。 どうして、どうして・・・・、 彼女に気持ちをうち明ける勇気がなかったんだろう。 毎晩、ベットに横になりながら、眠れぬ夜には、自分を責め続けた。 けれど、自分が告白しても、彼女が気持ちを受け止めてくれるとも限らない。 目を覆い、涙を流しながらも、それでも彼女と友人として 繋がっていられる事に、どこかホッとしていた部分もあった。 想いは届かなくても、彼女の存在そのものを失った訳ではない。 唯一の救いは残されていたが、内側に燻る気持ちを押さえつけ 彼女と会って、惚気話を笑顔で聞くだけの強さは、今の自分には無かった。 それから2ヶ月が過ぎたある日、新宿の紀伊国屋で本を探していた時、 偶然、彼女とばったりと顔を合わせた。 ひさしぶり! そう声を掛けてきた彼女に、どんな表情をしているのか自分でも判らなかった。 あまりに偶然だったこともあり、表情が強ばる事はなく、ただ、純粋に驚いたんだと思う。 ── びっくりした。 こんなところで会うなんて思わなかったよ。 思わず口からでた言葉に嘘は無かった。 その後、お互い一人で何か予定があった訳でもなかったので、 彼女にお茶を誘われ、断る事もできずに、近くの喫茶店に入った。 本音は、その場で別れ、何も話を聞きたくは無かった。 彼女への想いは、未だに胸の浅い部分で燻っていたから。 ── 最近は仕事忙しいの? ── そうだね、まぁ、相変わらずかな。 ── やっぱり。 忙しそうだから、なかなか声掛けづらくて。 ── そっちはどうしてた? 新しい人とはうまくやってる? 本当は、彼女の恋愛話なんて聞きたくなかったけれど、 自分の近況を聞かれたら、相手のを聞かないと不自然に感じ 仕方なく、話題を振るしかなかった。 けれど、心の奥底の深いところで、 彼女が、新しい恋人に対し、不満を感じていて欲しいと どす黒い願望が沸々と沸いていたのも事実だった。 ── うん、結構意外な感じで、うまくやってるかな。 ── そうなんだ。 良かったじゃん。 内側に巣喰うドス黒い感情を無理矢理飲み込み、 とっさに、笑顔の仮面を顔に付け、本音を隠し、祝福の言葉を自然に口にする。 こういう事は、初めてじゃない。 こういう場面は、今まで何度もあった。 だから、辛いけど、そのうち慣れる。 きっと慣れる。 だから、今は嘘の笑顔だけど許して欲しい。 そこから何を話したのかは、あまり記憶にない。 適当に話を聞き流していたのか、たわいもない話だったのか。 これ以上、自分の心が傷つかないように、 彼女に自分の心の闇を知られないように、 ただ、心を閉じて、耳をふさいでいた。 2時間ほど話をして、そろそろ・・・と切り出した時、 思いもよらず、彼女に飲みに行かないかと誘われた。 断れば良かった・・・。 けれど、彼女の笑顔を見て断る事はできなかった。 近くの居酒屋に入り、彼女は珍しく初っぱな焼酎のロックを頼んだ。 けれど、自分はどうしても飲む気にならず、適当なカクテルを頼んだ。 彼女が、最初からこんなに飛ばして飲む事は、今までになかった。 30分程度の時間で、彼女は、焼酎のロックを2杯明けていた。 すでに酔いが回っていることが判るほどに、こんなに早いペースで 彼女が酔うことも、今までになかった。 次第に、彼女が自分の恋愛について絡み出した。 新しい出会いはないのか 新しい恋を探していないのか まだ、昔の人を忘れてないのか いつまで、昔の思い出を引きずっているのか 彼女は、私も思い続けている彼女の想いを知らない。 彼女は、私が昔の恋を引きずり、次の恋愛に進んでいないと思っている。 そうだね、 そうだね、 そうだね、 そうだね・・・。 今抱えている心の傷に塩を塗られる思いで、 ただ、のらりくらりと話題をやり過ごすことしかできなかった。 きちんとした会話が成立しない事に苛ついたのか、 彼女が、3杯目の焼酎ロックのグラス空け、テーブルに叩き付けた。 ── もう、いい加減に前に進みなさいよ! ── えっ・・・? 彼女がこんなにも大きく声を荒げたところを見たのは初めてだった。 ── いつまでずっと立ち止まってるのよ! 自分でちゃんと前に進もうって思わなきゃ、何も変わらないのよ! もう、いい加減にしてよ! 彼女がどうしてこんなにも怒っているのか、意味が分からなかった。 それよりも、彼女が自分の気持ちを無神経に荒立てる事に怒りがこみ上げた。 ── しょうがないでしょ! いいでしょ、放っておいてよ! ── こっちだって、本当は放っておきたいわよ! 気にしたくないわよ! でも、気になるんだからしょうがないでしょ! ── 私の事は、私自身の問題なんだから、もう気にしないで! ── 私だって気にしたくないわよ! でも、しょうがないじゃない! 好きだったんだから!! ── なによそれっ! 放っておいて・・・って、えっ? 今、なんて?? 一瞬、何を言われたのか判らなかった。 ── はぁ〜。 こんな事言いたくなかった。 でもね、もう限界。お酒の力でも借りないと、言えなかった。 ── えっ? な・・・、なにが?? ── 私ね、ずっと好きだったんだよ。もう何年も。 でもね、昔の恋の事、昔の人の事を思い出して、いつも引きずっていて、悔やんでいて。 私の事なんて、見てくれていなかったよね。 だから、言えなかったし。それでもいいと思ってた。 友達として、ぞばにいられればそれでいいって。 ── そ、そんな・・・。 ── 本当に好きだったけど、見てくれてないの判ってたから 私は私で、新しい出会いを必死に探したんだよ。 このままじゃ、いけないって思った。 私だって幸せになりたかった! 報われない恋を引きずっていても、辛いだけだから。 新しい恋をして、この気持ちにケリを付けて、 友達として、ずっといい関係を続けたいって、思っていたから。 ── どうして・・・、なんで言ってくれなかったの? ── 言える訳ないじゃない!! あなた、いつも酔っぱらった後、昔の人の事が忘れられないって 泣きじゃくっていたじゃない!! ── 違う、違うの!!! ── 何が違うのよ! いつも言っていたじゃない!! 本当に好きだったんだって、いつも泣いて悔やんでいたじゃない! なんて事・・・。 私は、彼女が好きで、彼女の事だけを想い続け。 彼女が新しい出会いができるたびに、彼女への気持ちが募って 彼女を想って泣き尽くしていたのに。 こんな形ですれ違っていたなんて・・・。 ── 違う・・・、違うの・・・・。 そうじゃないの・・・・、私は・・・、わたしは・・・・。 すれ違っていた悔しさ、もどかしさ。 自分がどうしようも馬鹿だった事への後悔。 どうして、どうして、もっと早く自分の気持ちを伝えていなかったんだろう・・・。 ── 私が・・・、私が好きだったのは・・・、あなただよ。 昔の人なんじゃない。 昔の人の事なんて、とっくに忘れた。 私は、あなたの事が好きだったんだよ・・・。 ── えっ・・・・。 声を荒げ、興奮気味だった彼女が、私の告白に一瞬にして絶句した。 ── な・・・、なんで・・・・。 ── 言えなかったよ。 でも、何度も言おうと思ったよ。 でも・・・、でもね、言えなかった・・・。 ── ど・・・、どうして・・・ 知らない間に、涙が頬を伝う。 ── 告白しようって思った日に限って、あなたは、新しい恋人ができたって 新しい出会いがあったって、嬉しそうに言うんだもん。 笑顔で、幸せそうに・・・。 それなのに、言える訳ないじゃない!! 告白してしまえば、私たちの関係が終わるって思ったから。 気まずくなって、会えなくなるって。 友達でも良かった。実らなくても、あなたを失いたくなかった!! だから、だから・・・、どうしても・・・、言えなかった・・・。 今まで、ずっと胸の奥底に秘めていた想いを、 こんな形で、うち明ける事になるとは思わなかった。 ずっと、ずっと好きだった。 諦められなかった、実らなくても良かった。 ただ、失いたくなかった。 ── う、ううっ・・・・。どうして・・・、なんで・・・・。 彼女は両手で顔を覆い、嗚咽しながら泣いている。 私たちはどうして、すれ違ってしまったんだろう。 近すぎて、相手の事が好き過ぎて。 相手を想い過ぎて、自分の気持ちを押し殺して。 ほんの少し、勇気があれば ほんの少し、自分の気持ちに正直になっていれば 私たちは、お互いに向き合えたのかもしれない。 私たちは何も言わず、ただうつむき、 自分たちの長年の報われなかった想いのやるせなさに涙した。 30分ほど沈黙が続いた後、彼女がぽつりと言った。 ── この間、今の人から告白されたって話をした時、 あなたが、昔の人の事を忘れていたら断ろうって思った。 でも、やっぱり駄目だった。 イベントで知り合った人に、付き合おうって言われたって聞いた時、 告白するつもりだった自分の頭の中は一瞬で真っ白になった。 友達から始めるって聞いた時、 あの時、気持ちをうち明けていれば、間に合っていた。 勇気を出して、自分が好きだって気持ちを伝えていれば、 私たちの関係は、新しいものになっていた。 ── もう・・・、遅いよね・・・。 ── ゴメンなさい。 今の人、大切なの・・・。 もう望みがない事は、その一言で判った。 ── 今までゴメンね。 辛い思いさせてゴメン。 もう、そう言うのが精一杯だった。 自分の鞄を取り、レシートを片手に一人店を後にした。 彼女は何も言わず、追って来ることもなかった。 その日、長年の友人と想い人を一度に失った。 帰宅後、今までの想いを全て振り絞るように、涙が溢れ留まる事は無かった。 それから、もう2度と連絡が来ることは無かった。 彼女を失ったあの夜から、3年の月日が流れた。 その日、会社で使う資料を探しに、奇しくも新宿の紀伊国屋にいた。 あの決別の夜、ここで偶然会ったことから、あの夜が始まった事をもう忘れていた。 探していた資料を購入し、2Fから1Fを降りようと エスカレータへ向かった時、人とぶつかり、買ったばかりの本を落とした。 ── すみません!! ごめんなさい! ── あぁ、大丈夫ですよ。 落ちた本を拾い上げてくれた人と顔をあわせた。 ── あっ! ── えっ? 彼女だった。 時間が止まったように、2人でその場で立ちつくした。 ちょっと、邪魔!! エスカレータの降り口をふさいでしまっていたので、 他のお客に、文句を言われ、我に返った。 ── すみません!! あわてて、二人で、エスカレータから離れ、壁側に移動した。 けれど、何を話していいか判らず、お互いに沈黙のままだった。 そのうち、彼女が、私が落とした本を差し出し口を開いた。 ── これ・・・。 ごめんね。 ── あぁー、いや、大丈夫。 ── う、うん・・・・。 言葉が続かない。 けれど、3年前とは自分は違う。 勇気を出して、声を掛けた。 ── あ、あのさ。 元気だった? ── うん。 そっちは? 仕事、相変わらず? ── そうだね、まぁ、ぼちぼちかな。 ── そっか・・・。 ── あのさ・・・。 ── なに? ── 今は、どうしてるの? あの時の人と・・・。 ── うん・・・。 言いにくそうに、言葉を濁している。 けれど、今彼女が、どうしているのか、どうしても知りたかった。 ── 今は一緒に暮らしてる。 ── そっか。 幸せ? ── うん・・・。 ── そっかそっか、良かった。 満面の笑顔で、彼女に答えた。 昔のように、燻った想いを抱えた表面だけの笑顔ではなく、心からの笑顔で。 ── ありがとう・・・・。あ、あのさ・・・。 彼女がおそるおそる、何か聞きたいようだった。 ── なに? ── そっちは、どうしてるのかな?って思って。 ── あのね、今大切な人いるよ。 付き合って1年になるかな。 ── そ、そうなんだ。 良かった・・・。 彼女もやっと笑顔になった。 自分が好きだったあの時の笑顔。 ── ごめんね、連絡してなくて。 あんな別れ方しちゃったから、言うに言えなくて・・・。 ── うぅん、気にしないで。でも、良かった・・・。 本当に・・・。 お互い、突然の再会の緊張がとれた頃、自分の携帯が鳴った。 ── ごめん、ちょっと電話。 『もしもし? うん、うん、すぐ行く、ちょっと待ってて。 それじゃ、後で。』 ── 大丈夫? ── うん、彼女から。 丁度、この後会う約束してたから。 ── そうなんだ。 ごめんね、引き留めちゃって。 ── うぅん、大丈夫。 ── それじゃ・・・、また・・・ね? ── うん・・・。 またね。 そして、彼女と別れた。 またね・・・ そう言えた事が嬉しかった。 次に会うのがいつになるかは判らない。 もう会わないのかもしれない。 けれど、会えて良かったと思う。 彼女が今も幸せで良かった。 あの日の夜、声を荒げた彼女がうち明けてくれなかったら、 あの日の夜、自分の想いをうち明けていなかったら、 今も、自分は彼女への秘めた想いを抱えて 立ち止まったままだったかもしれない。 ほんの少し勇気があれば。 怖がらず、一歩踏み出す強さがあったなら。 違った道を歩かず、もしかしたら、一緒に同じ時間を過ごしていたかもしれない。 けれど、後悔しても始まらない。 いくら悔やんでも、いくら悲しんでも、 過ぎた時間は戻らず、失ったタイミングを取り戻す事なんてできない。 あの時は辛くて、悲しくて。 もう泣けないほどに涙を流し尽くした夜を重ねて。 2度と笑う事なんかできない、もう人を好きになる事なんてないと思った。 けれど、今、自分は笑って、大切な人と大事な時間を過ごせるようになった。 辛い恋、悲しい想いを思い出にできるのは自分次第。 同じ過ちを繰り返さないように、少しでもきっかけを掴むのも自分次第。 自分が立ち止まっていても、時間は絶えず過ぎていく。 失ったのは、長年思い続けた大切だった彼女。 過去にとても大切な物を失ったとしても、まだ、未来は失われていない。 それを教えてくれたのも、想い続けた愛しい彼女。 今は、お互い横にいる大切な人がいるけれど、 もう会う事はないかもしれないけれど、 けれど、きっと今でも心はどこか繋がっている。 いつか、お互い歳を取って、お互い老けたね、と笑い合い 懐かしい思い出を語り合う、そんな日がくるかもしれない。 そんな夢みたいな事があるか判らないけれど、そんな楽しみがあってもいいと思う。 だから、今は1日、1日を大切な人と大事に過ごしたい。 自分の未来に向かって一歩ずつ前に進みながら。 =END= |
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