『愛しきロクサーヌ』
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クリスマス一週間前の土曜。
私は何を買えばいいか解らないままに、買い物に出かけた。

いろいろなデパートなどを回ってみたけれど、まず何を買うのかが決まってないので
何をみても、ピンと来ず、ただ時間だけが過ぎていく。

本当は、アクセサリとか買って渡したいけれど、あまり高価なものだとおかしいだろうし。
かといって、朋美に初めてクリスマスプレゼントを渡すのだから心を込めたものを渡したいし。

朋美には気付かれなくても、意味のある物を渡したい。

これからどれくらい一緒に過ごせるか解らないけれど、少しでも長い時間を
朋美の横で過ごせたら・・・、そんな想いを込めたものを。

そう考えて店通りを歩いていた時、ふとアンティークショップが目に入った。

「いらっしゃいませ。」

店に入ると、品の良い年輩の女性が入り口の脇のテーブルに佇んでいた。

「見せてもらっていいですか?」

「どうぞ、ごゆっくり。」

店主と思われるその女性は、上品な笑顔でそう答えた。

店の中の品物はどれも年代ものばかりで、西洋アンティークが多く見られた。
食器、陶器、家具、そして、部屋の片隅に、ガラス張りのショーケースに入った棚があった。

吸い寄せられるようにそのショーケースに近づくと、そのガラスの向こうに
年代物と思われるアンティークの懐中時計が数点飾られていた。

その時計に私は思わず目を奪われた。
細かい細工が施され、年代を思わせるシルバーの翳りが返って派手な飾り細工を
重厚な重みへと変えている。

数点ある中でも、小振りでありながら上品な装飾でシルバーの鈍った輝きが
より上品さを醸し出している物に目がいった。

「すみません、この一番小さい懐中時計を見せていただけますか?」

「はい、お待ちください。」

店主はショーケースの鍵を開けて、両手に白い手袋をして私の指定した懐中時計を
ビロードの受け皿の上に置いた。

「こちらは、割と新しく戦後のもので、ロクサーヌという名前のついたものでございます。」

「ロクサーヌ?」

「えぇ、お客様は、シラノ・ド・ベルジュラックという作品をご存じですか?」

シラノ・ド・ベルジュラック。一度ビデオで見たことがある。
剣豪ながら醜い大きな鼻をもった男で、美形の自分の部下が自分の想いを寄せる相手に恋をし、
部下の変わりに暗闇で愛しい女性に愛を囁き、部下と想い人との恋を成就させる。
でも、その部下は戦死してしまい、悲しみに暮れる彼女を慰めた時、暗闇で愛を囁いていた人物が
シラノであることに彼女が気付き、問いつめるけれど最後までしらを切り、その直後
暴漢に襲われたけがが原因で、彼女に見守られながら息を引き取る、そんな話しだったと思う。

「えぇ、なんとなく知っていますが、それが?」

「そのシラノ・ド・ベルジュラックが愛した女性が、ロクサーヌというのです。」

「その女性の名前が付けられた時計なのですか?」

「はい。この時計は、想い人のそばにいつもそっといて、共に同じ時を過ごすという意味を込め、
シラノが生涯を掛けて愛した女性、ロクサーヌと名が付いたそうです。」

「なるほど。」

想い人のそばにいつもそっといて、共に同じ時を過ごす・・・。
私は朋美の顔が脳裏に浮かんだ。

これからどれくらい朋美と同じ時を過ごせるか解らない。
それでも、出きる限り、朋美の側で朋美を支えていきたい。

私はこの時計を贈りたくなった。

朋美にこの時計の意味が分かるハズはない。
それでも、だからこそ、私の気持ちをこの時計に込めたい、そう思った。

「これ、おいくらですか?」

「こちら、3万5千円になります。」

あぁ、やっぱりちょっといい値だなぁー、そう思ったけれど、
朋美に初めて贈るクリスマスプレゼントだし、なによりこれを贈りたかったから、
私はこの懐中時計を買い、贈り物用に包装してもらった。

「こちらサービスで入れておきますね。」

そういって店主が、ギフトカードを入れてくれた。
そのギフトカードには、ラファエロらしき画調の天使の絵が描かれていた。

「ありがとうございます。」

私はそうして店を後にして帰宅した。

家に着いてから、同封されていたギフトカードを開き、
一言書こうと万年筆を握った。

“いつか、想いが届くこと、幸せになることを心から願って。

2005/12/24 Kazumi”

(あっ、しまった・・・。)


書いてはみたものの、朋美がずっと想う人がいる事を私が知っていては、いけない事に気付いた。
しょうがない。失敗してしまったから、このカードは渡さない事にして、小さな紙袋には
包装された懐中時計が入った小さな包みだけを入れ、失敗したカードは、もったいないけれど
二つに折ってゴミ箱の中に入れた。

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