【 Pandora’s Box 】
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─ ひさしぶり! この間会ったの覚えてる?


職場に導入された新しいソフトの使い方を覚えるため
解りやすい説明書がないか、紀伊国屋で物色していた時、
不意に肩を軽く叩かれ、振り返り様に声を掛けられた。


些細なきっかけ。

たとえ些細なきっかけでも、私はそれに縋るしかなかった。




= Pandora’s Box =


─ こうやって再会できたって事は、何か縁があると思わない?

この寒い日にアイスコーヒーのグラスをストローで
カラカラと氷を回しながら、今時渋谷の軽い男でも口にしない
戯れ言まじりの口説き文句をさらっと口にする彼女。

こんな縁なら、どこにでも落ちてそうだけど?

ほぼ、強引にお茶に誘われ、目的だった本を探せず
いささか不機嫌ながら、ぶっきらぼうにそうこぼした。

─ いくらでも落ちている中から、偶然拾えたものが縁じゃない?

変な人。
屁理屈というか、理屈屋というか、面倒くさい人だな。
そう思ったのが第一印象。

あの子とは大違い。これはいつもの第二印象。
自分はいつだって、長い間想い続けている大切な人と比べてしまう。

その後、正直何を会話したのか覚えていない。
ただ、知らない間に携帯のアドレスを赤外線で交換し、
目標を達成できたからか、店を出たあとの別れ際まで
彼女は上機嫌だった。


家に帰ると、早速先ほどの彼女からメールが来た。

うざい人。
これが、彼女の第三印象だった。


その後、二日に一回のペースで彼女からメールが来るようになった。
それに対し、面倒だったので、一週間に一回返事をすれば良い方だった。


彼女と本屋ので再会から一ヶ月が過ぎた頃、
久しぶりにあの子から電話があった。

あの子はいつも仕事が忙しいから、こちらから連絡し辛い。
本当は、毎日でもメールをしたい。

仕事大変じゃない?

体調は平気?

ちゃんと食べてる?

ちゃんと寝てる?

いつも心配だけど、私の心配があの子を追いつめてしまわないように
ギュッと抑えて極力彼女からの連絡を待つように耐えた。

あの子からの連絡は、仕事が一段落しそうだという連絡。
次いでに、お互いの近況について軽く話を交わす。

久しぶりに聞くあの子の声を少しでも長く聞きたくて
少しでも気を引きたくて、この間二丁目のイベントで
声を掛けられた事を自慢げにしてみた。

─ へぇー、そうなんだ。 イベントってどんな感じ?

淡泊な反応。
あの子にとっては、私が声を掛けられても気に掛ける事がない。

その時声を掛けてきた彼女に再会し、メール攻撃を受けていることまでは
言わなかった。


─ やっと少し時間ができるから、近い内に食事でもしない?


会話の終わり際に、あの子の口から食事の誘い。
久しぶりに会える。
そう思っただけで、胸がキュっと締め付けられる。

日にちと時間を調整し合い、二週間後に約束を取り付けた。



あの子との約束が出来た後、メールの彼女にお洒落なお店について
質問をした事をきっかけに、頻繁にメールをするようになった。


私の問いかけに、デートで使うお店なの?と冷やかされたりしたが、
あの子との約束で舞い上がっている自分は、それさえも嬉しく
ついついあの子の事を含めた返事をしていた。

1週間過ぎた頃、メールでやりとりする内容が徐々に増えた事もあり
仕事の後に、新宿で待ち合わせ、彼女と軽く飲んだりする事が2〜3回続いた。


─ どうして気持ちを打ち明けないの?

あの子との長い長いつき合いを彼女に話した後、当たり前の疑問を彼女が口にした。


─ 友達でいるのが長すぎて、誰よりも近すぎる存在だったから。


そう、長すぎて近すぎて、私たちはお互いの存在が大きくなりすぎてしまった。
失うことができない大きな存在であるが故に、この関係を変えられない。

失いたくなくて変化を望まず、永遠と言う名の不自然な不変を望んでいる。


そして、何よりも、あの子の心の中には今でも深い傷があり
心の中に住み続けている人がいる。

あの子の望む友人でいるために、その間に何人もの人と付き合った。
けれど、いつだってあの子の事を一番に考えてしまい、あの子といつも比べてしまう。

あの子への気持ちを隠しながら、他の人と上手く付き合いが出きるほど
私は器用ではなかった。


─ その友達、本当に友達としか思っていないのかな?

彼女がカクテルを飲みながら、ポツリと呟いた。


── えっ?

─ 近すぎて、逆に見えない物もあるからね。

── どういう事?

─ 大切な人だからこそ、本音を隠す事ってあるんじゃない?


少しお酒が入っているせいか、彼女の言っている言葉の意味が分からなかった。
でも、その日をきっかけに、彼女には気を使わずに、本音を打ち明けることが多くなった。



更に日にちが過ぎ、あの子との待ち合わせの当日。
出かける10分前に、突然彼女から電話がかかってきた。

─ ごめん、少しいい?

── えっと、もうすぐ出かけるんだけど、どうしたの?

─ 今から例の友達と会うんでしょ?

── うん、そうだけど? それがどうかした?

─ こんな時に言うのもなんなんだけどね・・・

── ん? えっと、ごめん本当に時間ないから手短に・・・

─ 私と付き合ってみない?

── えっ・・・、今なんて・・・?

─ 私と付き合って欲しいって言ったの。

── ど、どうして??

─ 例の友達の事も解ってるし、そこからでいいから。

── な、なんで?? 

─ 返事は今度でいいよ。ゆっくり考えてくれればいいから。

── えっ、ちょ、ちょっと・・・


電話はそれで切れた。
出かける間際に唐突の告白。 しばらく呆然としてしまい、
結局家を出るのが予定より10分ほど遅れてしまった。


あの子との待ち合わせの場所に向かう電車の中で、色々考えた。
そして、2つの賭けをしようと心に決めた。


  あの子に告白された事を打ち明ける。
  出来るだけ自然に、まんざらでもないように演技して。

  その時、彼女が少しでも動揺してくれたなら、
  彼女が少しでも、焦ってくれるのなら。

  それと・・・
  食事をした後、いつものように2丁目の落ち着いたバーでお酒を飲む。
  その時、お酒に酔ったあの子が、昔の人を思い出さなくなっていたのなら。  

  この2つの条件のどちらか片方でも叶ったなら・・・。

  その時は、彼女の告白を断ろう。


一つの決意を胸に秘め、私はあの子との待ち合わせの場所へ向かった・・・。






泣きながら酔いつぶれたこの子を支えながら、タクシーに乗る。 
私の肩に頭を乗せて、うとうとしている。

そして、私の耳元で、

─ ごめんね・・・。

何度も、何度もそう呟く。
何をそんなに謝っているのか解らない。
半分眠りについているこの子の髪にそっと唇を寄せた。


あの子を部屋に送り届けて、そのまま自分の部屋に帰宅した。
深い溜息と同時に、堪えていた涙が零れる。

微かな望みの賭けは、2つとも破れた。

その日、私はあの子の事を想いながら泣き、そして眠りについた。


翌朝、泣き腫らした瞼で目が重かった。
重い瞼を擦りながら、鞄から携帯を取り出す。



今この手にある携帯は、パンドラの箱。

彼女に偶然再会し、告白され、報われない想いから
自分を押しつぶすあの子への想いから逃げ出すため。

災いばかりが詰まるパンドラの箱、たった1つ残される希望を信じて、
私は、携帯を開き、通話ボタンを押して、


─ 昨日の返事だけど・・・。



私は、パンドラの箱を開けた。
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