【 メビウスの輪 】
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今日こそ、今日こそ気持ちを打ち明けよう。

固い決意を胸に、待ち合わせの喫茶店で珈琲を口にする。
無意識に震える指先が目に映る。

長い間側にいた友人に告白する事は

とても

とても、とても緊張する。

今まで何度も何度も言葉を飲み込んで、友達の関係が壊れるのが怖くて、何もかも失うのが怖くて、

ずっと、ずっと我慢してきた。


時に、彼女の恋を応援し、時に、彼女の失恋を慰め、いつも、彼女の一番側に居た。

彼女の信頼がとても重くて、彼女の無防備が苦しくて
何度、触れてしまおうと思っただろう。

黒く醜い心が溢れそうになるたびに、彼女の笑顔に癒され、救われた。

無防備に甘えられる度に、無垢な笑顔を向けられる度に、ささやかな幸せに浸れた。

今までの彼女との日々が不幸だとは思わない。

けれど、これ以上の気持ちを抑えられない。

心地よい穏やかな日々に区切りをつける。
今日は、その第一歩。

震える手をもう一方の手でほぐす。

目を閉じ、今まで信じたことのない神に初めて祈る。

どうか、この気持ちが届きますように。


「ごめん、待った?」


彼女の心地よい声が耳に触れる。


「ん? そんなことないよ、大丈夫。」

「ごめんねぇ、出かけ際に色々立て込んじゃってさぁー。」

「そうなんだ、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫〜。」

「そっ、なら良かった。」

「うん。 そういえば久しぶりだけど、どう? 調子は?」

「まぁ、ぼちぼちかなぁ。 そっちは、どう?」


久しぶりの再会に、告白を決意したもののタイミングに慎重になる。

いきなり打ち明けるのは不自然じゃないだろうか、
世間話を少しして、落ち着いた頃に切り出そうか、
彼女も何か飲み物を頼んで一息ついた後がいいだろうか・・・


「あっ、そうそう、1つ報告があるんだぁ〜」

「えっ? 何々?」


瞬間、本能的に何か感じた。
第六感というものは、本当にあるのだろうか。


「あのさ、この間イベントで知り合った人がいたじゃん?」

「えっ?」

「ほら、言わなかったっけ? イベントで声掛けられた時の話し」

「えっと・・・、そうだったっけ?」

「話したよぉ〜。もう、適当に聞いていたんでしょー、ったく。」

「あっ、いや、そ、そんなことないと思うけど・・・、ごめん。」

「まぁ、いいけどさ。 でその後ね、その人と偶然紀伊国屋で会ってさぁ〜」

「へ、へぇ〜、そ、それで?」

「お互い1人で、その後お茶して、」

「う、うん」

「その後、まぁ、メールのやりとりして、何度か会ってさぁ。」

「う、うんうん。 そ、それで?」

「そしたら、今日出かける間際に、電話かかってきてね?」

「な、なんて?」

「付き合って欲しいって、言われたの〜。」

「えっ?」

「なんか、急に告白されて、出かける間際だったし、びっくりしてさぁ〜」

「そ、それで、ど、どうしたの??」

「えっ? んー、あぁー、えっとね、告白されて驚いたんだけどさぁー
 なんか、同時に嬉しかったんだよねぇ〜。」

「えっ・・・・。」

「なんかね、言われて驚いた部分もあったんだけど、
 どこか、やっぱりなぁーっていうところもあってね。
 不思議なんだけど、今思うと、そんな気がしてたみたいな?」

「そ、そうなんだ・・・、んじゃ・・・、返事は・・・・」

「いきなりって変だけど、まずはここからって事でって返事したの。」

「へっ、へぇ〜。 な、なんか、知らない間に、そ、そんな事あったんだぁ〜」

「そうなの。 といっても、ほんとさっきの出来事なんだけどね、あははっ。」



縁は、長年の想いと勇気と決意を、いとも簡単に破壊する。

必然な出会いは、時間を超えて人を結びつける。

手の隙間から、奮い立たせた告白がこぼれ落ちる。

あぁ、どうして私は、彼女の必然の相手ではなかったのだろう。



「な、なんだかなぁ〜、また、私を置いて先に幸せになるなんてぇ〜」

「ごめんごめん! でも、一番に話したんだから、この友情に免じて?」

「なにが友情だか・・・、
 本当に友情があるなら、私を見捨てないと思うんだけど?」

「そんな、見捨てるとか、人聞きの悪い事言わないでよぉ〜、ひどーい。」

「だーって、先に幸せになったんだから、当然でしょーが。」

「そんな言い方しなくったっていいじゃん。 ったく。
 で、そっちは、何か変化とかないの?」

「そんなんがあったら、真っ先に嫌味のようにメールいれるよ。」

「あぁー、そうね。 本当にそんなことしそう・・・、あははっ」

「そんじゃ、そういうことで、今日はそっちの奢りね?」

「えぇー!! なにそれっ! ひっどーい!!」

「人を待たせた上に、この仕打ちなんだから、当然でしょ。
 さぁーて、今日は何を食べようかなぁ〜、焼き肉かな? 寿司かなぁ?」

「ちょ、ちょっと、待ってよ!! 給料前なんだから、程々にしてよ?!」

「あははっ! 冗談だよ。 まぁ、とりあえず食べに行こうか。」



告白を決意したのは、これが初めてじゃない。

彼女の新しい出会いを目にしたのも、初めてじゃない。

いつだって、一番側で、それを見てきた。

それは、親友の特権であり、友情の限界。

私自身が変わらなければ、永遠に続く無限の輪(ループ)


「あぁー、もう・・・。 いつも飲むと泣き上戸になるんだから〜」

「いいじゃん、久しぶりなんだし、私の愚痴に付き合いなさい!」

「ったく・・・、なんで、昔の失恋を今でも思い出して泣くかなぁ〜」

「し、しょうがないじゃん・・・。だって、本当に好きだったんだから・・・。」

「分かった、分かったから・・・。
 ほら、今度彼女の友達に、いい人いないか聞いてあげるから、ねっ?」

「いらない、私を置いて勝手に幸せになった奴なんかに頼らない!」

「あぁー、はいはい。 分かりましたって。
 もう、仕方ない、今日は何言われても我慢します。
 ほら、好きなだけ飲んで、泣きなさい。」


彼女への気持ちが届かないことを知った日は、必ず私は彼女に絡んだ。
気持ちを告げず、ただ、昔の記憶と偽りながら、涙を流した。

本当に好きで、想いを告げたくて告げれなくて。

言えない変わりに、堂々と彼女の隣りで泣いた。


「本当にね・・・、好きだったんだよ。」

「うん、分かったから。」


分かって欲しい、知って欲しい。

でも、知らないで欲しい、気付かないで欲しい。

けれど、彼女を想って泣くことは許して欲しい。


「ごめんね・・・。」

「うん、大丈夫だから。」


まだ、好きな事を泣きながら詫びる。
まだ、想い続けることに許しを乞う。

そして、真実を知らない彼女に許される。


それは、

私が変わらない限り続く 無限の輪(ループ)
想いが続く限り、終わることがないメビウスの輪。
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