『めぐり逢えたら -和美Side-』
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なんだろう、この間の悪さ、場の重さ。 
重々しく苦々しい昼休みが、予鈴で救われる。

朋美の傍にいることが今は辛い、苦しい。
いっそのこと、今記憶を全て失った方が楽なのではないだろうか・・・、そんな事さえ思うようになる。

仕事に集中して、何もかも考えないようにする。

あと何日間、こんな日々が続くのだろう・・・、考えないようにしても、そんな不安が頭をよぎる。
いっそのこと、全てを和美に話してしまったほうが楽になれる気がする。

実家に戻ること、そして会社を辞めること。
もう、朋美の傍にいられなくなること、去っていかなければならないことを。

朋美は悲しんでくれるのだろうか、涙を流してくれるだろうか。
少なくても、私たちは親友なのだから、驚いてはくれるだろう、淋しいと思ってはくれるだろう。
けれど、それ以上の感情はないのだから、それで終わってしまうのだろうか。

ノートパソコンのキーボード上の手が止まり、思いに耽っているいると、突然背後から声を掛けられる。

驚きで振り返ると、そこには滝川さんが立っていた。

「早川さん、名刺は誰にお願いすればいいのかしら?」

「あっ、えっと、滝川さんの名刺ですか?
 多分、総務の方でもう作っていると思いますので、聞いてみます。」

「そう、ありがとう。」

笑顔でお礼を言われた時、ふと、滝川さんに今の状況について、相談したくなった。

「あっ、あの!!」

「えっ? なに?」

「ちょ、ちょっと、あの・・・。」

周りに気付かれたくなくて、思わず小声で返事してしまう。

「なに?」

滝川さんは私が何を言っているのかをきこうと身を屈めた。

「ちょっと、相談があるんですが・・・。」

「相談? 会社じゃ、まずいこと?」

「で、できれば・・・。」

「ん〜、そうねぇ、それなら、今晩、夕食をつき合ってくれない?」

「えっ?」

「えぇ、まだホテル暮らしで、ちょうど1人で夕食取るのは味気ないと思っていたし。 どう?」

どう?と、笑顔で言われ、急な話なのに快諾してもらえて、ホッとして、つられて顔がほころぶ。

「それなら、是非ご一緒させて下さい。」

「それじゃ、上がる時間はあとで連絡するから。」

そういって、滝川さんは何事もなかったように、私の席から離れていった。

滝川さんは、どう考えるだろう・・・。
答えを求める訳じゃない。 ただ、話を聞いてもらいたいだけなのかもしれない。

朋美に打ち明けられないこの重い気持ちを、誰かに話して、少しでも楽になりたいのかもしれない。

滝川さんが去ったあと、少し気持ちが落ち着いた。

自分の事しか考えられなかったからか、余裕が全くなかったからか、
背中に突き刺さるような視線に、全く気が付かなかった。
その視線が朋美からであることも。


夕方、18時30分に、一緒にタクシーで会社を出る。

連れていかれた店は、滝川さんの贔屓の小料理屋だった。

「ここは、私がニューヨークに出る前に良く来たお店なの。
 ここの女将が私の同級生でね、良くしてくれるのよ。」

そういう滝川さんと一緒に、仲居に日本間の個室へ案内される。

「久しぶりに美味しい日本料理が食べたくなって。
 ごめんなさいね、今日はつき合わせてしまって。」

「そんなことないです!
 こちらこそ、急にお願いしたのに、つき合っていただけて嬉しいです。」

「あらそう? なら良かったわ。 まずは堅い挨拶は抜きにして、一杯飲みましょう。」

仲居が運んできた冷えた食前酒を口にすると、甘くスッキリした梅酒が口の中に広がった。
肩の力が抜ける。 滝川さんの笑顔に心が穏やかになる。 
こんな気持ちになれたのは、久しぶりだった。


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