『めぐり逢えたら -最終部-』
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【和美Side35】

翌日の午後、家にいたら母親に電話だと呼ばれた。

「もしもし?」

「早川さん? 滝川です。」

滝川さんが、どうして実家に??
実家の番号を知るはずのない、滝川さんからの電話に、酷く動揺した。

「あっ、あの、お久しぶりです。」

「どうして、この電話を知っているのかって思っているでしょう?」

「はっ、はい。」

「部長にもなれば、辞めた後の仕事の事を理由に、総務から実家の番号を控えることくらい簡単なのよ。」

それは、職権乱用と言うんじゃないだろうか?

「そこまでして、電話してくる用件は、なんですか?」

「今日、少し話がしたいのだけど、いいかしら?」

「はぁ? 私は滝川さんと話す事なんてありません。」

「私はあるのよ。一つ聞きたいことがね。」

「でも・・・。」

「こっちまで出てこいとは言わないわ。
丁度、今からちょっと軽い挨拶回りがあるから、その帰りに、
そっちの最寄り駅で会うというのはどうかしら?」

滝川さんが私に聞きたい事なんて、朋美の事以外にない。
断ろうとも思ったが、この際、見合いの事を話してしまおうかとも思った。

「解りました。 都合のいい時間に電話ください。」

「あなた、携帯使えるの?」

「携帯、今使えないので、ここに電話してください。」

「解ったわ。 それじゃ、後でね。」

これで、本当に朋美の事ともケリを付けよう。

そして、夕方19時頃、実家の最寄り駅に、滝川さんと待ち合わせた。
駅前の小さな喫茶店に入る。

「実家に戻って、まだそんなに経ってないわよね。 どう? 調子は。」

「まだ、ぼーっとしています。 実感が沸かない感じですね。」

「そう、でも、この間朋美に逢ったのでしょ?」

「朋美から聞いたんですか?」

「えぇ、聞いたわよ。」

「なら、今更何の話が?」

「そうね、どうしても、一つ聞きたい事があったのよ。」

「何ですか?」

「あなた、シラノ・ベルジュラクの話し知っている?」

「はっ? なんですか? 突然。」

「シラノ・ベルジュラクの話を知っているのかと聞いているのよ。」

「それは・・・、知ってますよ。 ビデオで見たことありますから。」

「そう・・・。」

「それが、何か?」

「あなた、朋美に懐中時計を贈ったわよね?」

「ど、どうしてそれを。」

「見せて貰ったのよ。」

「それは・・・、今までのお礼というか、それで渡しましたが、それが何か?」

「あなた、あの時計の裏側に何が書いてあったのか知ってる?」

「なんの事ですか?」

「愛しき、ロクサアヌ。」

「っ!?!!」

「その顔だと、知っていたみたいね。」

「し、知りません。」

「あなた、あの蓋の裏に書かれたメッセージがフランス語だったから、
何が書いてあるか、解らないでしょう。」

「な、何が書いてあったって、私は知りません!!」

“愛しきロクサアヌ

 たとえ、この想いが届かずとも、
 たとえ、この想いを告げられずとも、
 愛しいあなたと、時を刻み、
 同じ瞬間(とき)を過ごす。

 たとえ、離れていても、同じ時の上にいる今
 あなただけを想い、あなただけの為に生きる。

 今この言葉を、緩やかな時の流れと共に捧ぐ。

      エリキュウル・サヴィニヤン・ド・シラノ・ド・ベルジュラック”

「?!っ な、何を!!」

「今まで、あなたと再会してから、どうしても、腑に落ちない事があったのよ。」

「何ですか。」

「あなたが、朋美の事を気遣う気持ちが、友達の枠を越えていること。」

「そ、それは!! 朋美は、大切な親友だからっ!!」

「そうだったら、私は何の疑問も持たなかった。
でも、あの時計のメッセージを見た時、全てが繋がったわ。
あなた、あなたも朋美の事を想っている、違う??」

「ち、違います!! そんな事はありません!!」

「なら、親友なら、たとえ喧嘩しても、姿を消そうとはしないのに、
あなたは、どうして、連絡先も告げず、引っ越し日も告げず、突然去ったの?」

「くっ・・・。」

「解るのよ、私が朋美を想っているのだから、同じように、朋美を想うあなたの事が。」

滝川さんに全て知られてしまった。
あの懐中時計に込められた想いも、朋美を想うが故に離れた事も。

「やはり、そうなのね・・・。
でも、朋美も、あなたに想いを告げたはずよ? どうして拒絶したの?」

「それは・・・、朋美とは背負うものが違うから・・・。」

「えっ?」

「私は、これから両親を背負わなければならないんです。
私は両親を選び、ずっと面倒をみる事を決めたのです。

そんな苦労に、朋美を巻き込む事なんてできません。」

「そういう事・・・。
でも、2人の気持ちがせっかく通じ合っているのに、どうしてそれを拒むの?」

「滝川さん、私今週末、見合いするんです。」

「えっ?!」

「私は、見合いをします。 気が合えば結婚するかもしれません。」

「朋美を好きなのに、あなたそれでいいの? そんな事ができるの??」

「私には、あなたのように、愛する人を支える自信はありません、覚悟もありません。」

「あなた・・・、朋美の気持ちはどうなるのっ!!」

「朋美の事を想うなら、お願いです、私の気持ちの事は伝えないでください。」

「ど、どうして!!」

「知れば、朋美はもっと苦しみます。
知らなければ、いずれ、諦めてくれます。
あなたがいれば、時間がそれを癒してくれます。」

「早川さん・・・。」

「お願いです。 同じ朋美を想うあなたに、朋美を任せたいんです。」

「あ、あなた、勝手だわ! 自分勝手の自己満足よ!!」

「そうです。 自己満足です。 欺瞞です。」

「それで・・・、本当にいいのね・・・。 後悔しないのね・・・。」

「はい・・・。」

「あなたと逢うのは、これが最後かもしれないわね。」

「多分、そうだと思います。」

滝川さんは、珈琲代を置いて、立ち上がった。

「バカだわ、あなたは、本当に。 昔の私だわ。」

「だから、あなたに朋美を救って欲しい。」

バシッ!

突然、頬を叩かれた。

「これは、朋美の心の痛みよ。」

何も言えなかった。

そして、滝川さんは何も言わずに、喫茶店を後にした。

耳につけたピアスに触れる。

朋美、幸せに・・・。

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