『めぐり逢えたら -最終部-』
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【和美Side24】

これでいい・・・。
これで、朋美とはもう逢うことがないと思う。

最後に、滝川さんの事を話せば、朋美が嫌がり、怒ることくらい、予め解っていた。
それでも、言わずにいられなかった。

滝川さんの事を、朋美に言わずにはいられなかった。

朋美には、滝川さんがこれから側にいてくれること。
そして、私が、もう側には居られないこと。

この話題をすれば、気まずくなることは解っていた。

予想通り、思っていた通りに、朋美は今まで聞いたことがないほどに、声を張り上げ
今まで、見たことがないほどの怒りを露わにした形相をしていた。

ごめん・・・。
朋美、ごめんなさい。

最後に、あなたを傷つけて、嫌な思いをさせて。

怒っていい、嫌いになっていい。
もう、顔も見たくないほどに、憎んでいい。

怒って、嫌いになって・・・、忘れて欲しい。

私は最低だ。
十数年、一緒に共に過ごしてきて、いつも側にいて、
いつだって思い続けたその人を、自分の都合で、泣かせた。

胸が痛む。
ぐっと、何かで押し刺されているように、苦しい。

朋美の顔が苦痛と悲しみで歪むのを見たとき、
心臓が握りつぶされるんじゃないかと思うほどに、激痛が走った。

けれど、後悔はしなかった。

悪かったとは思う。
けれど、これでいい、これでいいんだと、言い聞かせるように言葉を飲み込む。

22時を過ぎたというのに、一向に人並みが途絶えない新宿の街を後に
明日離れる自分のマンションへと帰っていった。


部屋に戻ると、最後にしまうつもりだった電話の留守番ランプがついていた。
無気力にボタンを押す。

流れ出したメッセージは、実家の母の物だった。

“お母さんだけど、明日の荷物が届くのよね?
 まだ、起きてるから、ちょっと電話もらえないかしら。”

時計を見ると、23時前。
遅いかと思いつつ、明日の荷物の事があるので、そのまま受話器を取った。

「もしもし? 私。 ごめん、今日出かけていたから、遅くなっちゃって。」

「和美? あぁ、今日で会社最後だったのよね、お疲れさま。
つき合いがあって、遅かったのかしら? ごめんなさいね、留守電いれちゃって。」

「うぅん、こっちこそ、明日の段取り伝えてなくてごめんね。
明日、午前中で荷物全部積み終わると思うから。 そっちには、夜につくと思う。」

「そう、お母さん、手伝いに行こうか? あんた1人で大丈夫?」
「うん、大丈夫。 荷物は1人分しかないから、ほとんど終わってるし。
あとは、そっちに運んで、落ち着いたら、こっちを掃除しにきて、それで引き渡すよ。」

「そう、解ったわ。 くれぐれも無理しないようにね。」

「うん、ありがとう。 明日よろしくね。
そういえば、お父さんの調子はどう? すっかり元気になった?」

「えぇ、元気よ。 お父さんと変わる?」

いいよ、と言う前に、受話器の向こうから父の声が聞こえてきた。

「和美か?」

「うん、お父さん、調子はどう? もう随分いいの?」

「あぁ、もうすっかり落ち着いたよ。 時々昼間に散歩に出るようになったし。
心配かけてすまなかったな。」

「いいよ、そんなこと。
それより、今日ね、懐かしい店に行ったんだ。」

「ん??」

「昔、お父さんに就職祝いに連れていってもらった、ほら、新宿の老舗のレストラン。」

「あぁ、あそこか。 まだやっていたのか。」

「そりゃ、あれだけの名店なら、そう簡単には潰れないって。
相変わらず料理とワイン、美味しかった。」

「そうか、でも、おまえあの店に入って、ちゃんとオーダできたのか?」

まだ娘を子供に思っているのか、父が笑った声で物を言う。

「私を一体いくつだと思ってるの?
でも、今日は、昔お父さんがオーダーしたのをまねしちゃったけど。」

そうか、言うと父の嬉しそうに笑った顔が受話器の向こうに見えた。

「まぁ、おまえも、もういい歳だしな。
そのうち、今度はお母さんと3人で行ってみるか。」

「そうだね。 そっちに戻って、落ち着いて、お父さんが完全に良くなったらね。」

「あぁ。 そういえば、明日こっちに戻ってくるのか?」

「うん、荷物運んだ後、いろいろ後処理で、何度かこっちへ往復することはあるとは思うけど。」

「そうか・・・。 まぁ、とにかく無理しないようにな。」

「うん、ありがとう。」

「それじゃ、お母さんに変わるか?」

「うぅん、もう話しは済んだから。 それじゃ、明日ね。」

「あぁ。」

「夜遅くにごめんなさい。 お休みなさい。」

「あぁ、おやすみ。」

電話を切り、少しほっとする。

さっきまでの荒れ狂っていた心の中が、少し穏やかになった気がした。

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