『めぐり逢えたら -最終部-』
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【朋美Side21】

「ここのお店。」

「えっ? ここ?」

「うん。」

和美に連れられて来たお店は、あるビルの最上階のとても有名な老舗の高級レストランだった。

「か、和美・・・。 こ、このお店・・・。」

「最後じゃないと思うけど、なんか最後くらい、こういったお店に来たくて。」

店の前で、躊躇している私をヨソに、和美は自動ドアをくぐって進み、
私は慌ててその後を追った。

「予約入れた早川です。」

「お待ちしておりました。」

タキシード姿の男性に、静かに窓際の2人掛けの席へ案内された。
窓の外には、ネオンの洪水が溢れる夜景が広がっていた。

「綺麗・・・。」

綺麗な夜景に、思わず声が漏れる。

「気に入ってくれた? 良かった。」

「和美、こういうお店だなんて、言ってくれなかったじゃない。
 もう、言ってくれれば、もっときちんとした格好してきたのに・・・。」

「そんなことないよ、今日の朋美、とっても素敵だから、大丈夫。」

薄暗い店内で、向かいに座った和美は、更衣室の時と同じように
とても、穏やかに優しく笑みを浮かべている。

何気ない和美の一言に、何故か胸が高鳴る。

「食前酒は、いかがいたしますか?」

気が付くと、テーブル脇に、背の高いギャルソンが立っていた。

「今日は、任せてもらってもいい?」

和美がワインリストをみながら、私にそう告げる。

「う、うん・・・。」

いつもとどこか違う和美の雰囲気に、とまどい、ただ頷くことしかできない。

「それじゃ、食前には、クリュッグのExtra−Sec(辛口)を、
 白は、辛口を、赤はフルボディで、銘柄は、料理に合わせてソムリエにお任せします。」

「かしこまりました。」

ワインリストを下げ、ギャルソンが外す。

「和美、こういう所、良く来るの?」

「えっ? どうして?」

「だ、だって・・・。 なんか、慣れているっていうか・・・。」

「そんな頻繁に来れる訳ないじゃない。 私たちの給料クラスで。」

笑いながら話す和美が、店内の雰囲気のせいなのか、スーツ姿の
いつもより大人びて見えるからなのか、どこか知らない人のように思えた。

「それじゃ、今日はつき合ってくれてありがとう。」

ギャルソンが運んできた、グラスに注がれたシャンパンで乾杯をする。

「和美、お疲れさま。」

一口飲み干すと、タイミングを計ったように、料理が運ばれてくる。

「和美? この料理は・・・。」

「あぁ、もう料理もコースで頼んであるから。」

「えっ? そ、そうなの??」

「うん、あっ、美味しそう。 まず、食べよう!」

「う、うん。」

何がなんだか良く解らない。
目の前にいるのは、本当に、あの和美なのかと思ってしまう。

そう思いながらも、料理を口にすると、それはとても美味しく、
また、料理と一緒にセレクトされたワインも、素晴らしく合っていて、とても美味しい。

「なんかさ・・・、いままでの10年間、長かったようで短かった・・・。」

不意に、料理を口にしながら、和美が言葉を漏らした。

「そうだね・・・。 なんか、あっと言う間だったね。」

「ごめんね、急に辞める事にして。 朋美には、本当に悪いと思ってる。」

「いいの。 仕方ない事だし、それに、和美が決めた事なんだから。
 でも、実家に戻ってからは、どうするの?」

いままで、聞くに聞けなかった、聞くのが怖かったことを、恐る恐る聞いてみた。

「実家に戻って、少しゆっくりしてから、仕事を探して・・・、そんなもんかな。」

「そう・・・。」

「朋美は・・・。」

「えっ?」

「うぅん、なんでもない。」

会話は、弾んでいるようで、弾んでいないような・・・。
とぎれとぎれで、でも、その間さえも、惜しむように大切にした。

「美味しかった。」

「うん、とても素晴らしかった。」

「そう? 喜んで貰えたのなら良かった。」

最後に運ばれたデザートを食べ終え、会話がなんとなく尽きたように
2人で窓の外の夜景を見ていた。

「朋美、場所を変えてもう少し飲まない?」

「うん、もう少し飲みたいと思っていた所。」

席を立ち、会計をしようと出口に向かうと、
和美が、今日つき合ってもらったのは、自分だからと言って、
カードで全て払ってしまった。

抗議をしたら、次の店で、お酒をご馳走になるといって、
和美は、やはり、柔らかい笑みで笑って答えた。

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