『めぐり逢えたら -最終部-』
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【和美Side21】

「私も、あなたともう一度話したいと思っていたの。」

その日の夜、滝川さんがまだ滞在しているホテルのラウンジで待ち合わせをした。

「すみません、いつも突然に誘って。」

「いいわよ。丁度良かったし。 何飲む?」

「ソルティドッグを。」

「じゃぁ、私はジンライム。」


カウンターに横並びに座り、オーダした飲み物を待つ間、ただ沈黙が続いていた。
呼び出したのは私なのに、話を切り出せない。

カタン

テーブルにグラスが2つ置かれる。

何も言わず、ほぼ同時に、置かれたグラスに口をつける。

カタン

一口飲み干した後も、グラスを手の中で持て余していた時
滝川さんのグラスがテーブルに置かれた。

「それで、あなたの話しってなに?」

先に話を促された。
言わなきゃいけないことがあるのに・・・。

「あ、あの・・・。」

「先に、私が話をしてもいいかしら。」

「あっ、はい・・・。」

「この間、朋美のマンションの前で、あなたと逢ったわよね。」

「はい・・・。」

「あの日は、見舞いに行っただけで、私と朋美の間にはなにもなかったわ。」

「えっ?」

「別に、寄りを戻したいとか、弱っている所につけ込んでとか、そんなつもりは無かったの。
 ただ、会社で倒れた後だったから、気になって、前の晩から一晩泊まったけれど、本当に何もなかったの。」

「どうして、私にそんな事を言うんですか。 別に、滝川さんが朋美の所に行こうが泊まろうが、
 私は何も言うつもりなんてありません。」

「朋美が、ずっと想い続けている人がいることは知っている?」

「はい。」

つい、知っていることをそのまま答えてしまう。
朋美には、私は知らない事にしているけれど。
でも、滝川さんに答えたところで、あまり関係がないと思った。

「想い続けている人がいるのに、昔の恋人が訪ねていったら、
 簡単に泊めてしまうような子だと、あなたに思って欲しくないの。」

「そ、そんなこと・・・、そうでなくても、そうだったとしても、
 私は、朋美の事を、変な目で見ることも、変に思うこともありません。」


「もちろん、あなたが、朋美の事をそう思うことはないと思っているけれど、
 でも・・・、それでも、あなたにはきちんとそう言いたかったの。」

「私は、そんな事で、朋美への態度を変えるつもりはありません。」

「それなら、どうして、あの時、あなたは、マンションの前で引き返してしまったの?
 朋美のお見舞いに来たのでしょう? 私が朋美の所から出てきた事で、何か勘ぐったからじゃないの?」

「違いますっ!!」

「じゃぁ、どうして!」

「それは・・・。」

「どうしてなの。」

「あの日、私は朋美を傷つけて、朋美をあんなに弱らせてしまったのは自分のせいで、
 本当に体が大丈夫なのか心配になって、朋美のマンションへと行きました。 でも・・・。」

「でも?」

「私はもうすぐ会社を辞める身で、辞めることで、朋美をあんなに傷つけて。
 でも、あの日、滝川さんがずっと朋美の側にいてくれた。
 そう解った時、朋美のそばには、滝川さん、あなたの方がいいと思ったからです。」

「でも、あの日、朋美は、あなたの連絡をずっと待っていたのよ!」

「けれど、あの日、朋美の側にいるべき人は、あなただと、解ったんです。」

「一体何を言っているの?」

「滝川さん、あなたがこちらに戻られると決まった時、私は自分で実家に戻ることを決めました。」

「それが、一体・・・。」

「私が、朋美の側にいられなくなった時、あなたが戻ってきた。
 これは、偶然かもしれない。 でも、これは、運命なんだと思った。

 朋美が誰を想っているのか、それがどんな人なのかは知りません。
 でも、そんな一途な朋美を、もう私は支えてあげられない。

 けれど、あなたが戻ってきた。
 これからは、誰よりも朋美の事を想うあなたが、朋美の側にいる。

 だから・・・、だからあの日、私はあなたに任せて帰りました。」


「あなたが実家に戻るからって、あなたと朋美の関係が終わる事はないでしょ!!」

「滝川さん・・・。」

「な、なに?」

「朋美の事、よろしくお願いします。
 朋美が片思いを続けていても、いつか、あなたのその想いに気づくはずです。」

「朋美には、あなたじゃないとダメだっていうのが、どうして解らないのっ!!」

「滝川さん・・・。
 私は、あなたや、朋美とは違うんです。」

私は、言ってはならない事を口に出した。
滝川さんや朋美と違うということを口にした。
ゲイ(同性愛者)である、あなたたちとは違うと、遠回しに差別化した言葉で。

嘘を口にした。私も朋美を想い続ける同類なのに、卑怯な嘘を突いた。

「そ、それは・・・。」

これを口にすれば、滝川さんが何も言えなくなることが解っていて、
自分を騙し、相手を傷つけると解りつつ、知りつつ、嘘を並べた。

「実家に戻れば、私はもしかしたら見合いをするかもしれません。
 気が合えば、結婚を考えるかもしれません。」

「だ・・・、だからって・・・。」

「私より、滝川さん、あなたの方が、朋美の気持ちが解るはずです。
 私より、朋美の側にいるのは、あなたが一番いいんです。」

「どうして・・・、どうしてそんな事を、あなたは言うの・・・。」

「すみません・・・。」

「結婚・・・、考えたりするの・・・?」

「まだ解りません。 でも、親戚から見合いを薦められています。」

「そう・・・。
 早川さん・・・、一つだけお願いがあるのだけど。」

「はい。」

「もし、結婚することがあったら、その時は・・・、まず、私に知らせてもらえないかしら。」

「・・・・。 解りました。」


話が一区切りして、お互いに自分のグラスを一気に飲み干した。

話しのきっかけは、滝川さんからだったけれど、
今日、滝川さんに言いたかったことは、全て言えた。

これでいい。

全て伝えられたことで、安堵し、ほっと顔が緩んだ。


「あなたと・・・。」

滝川さんがポツリと言葉をこぼした。

「あなたと、こういった形じゃなくて、飲みたかったわ。」

入社した時、密かにあなたに憧れていた。
ニューヨークから、あなたが戻って来ると聞いたとき、正直に嬉しかった。

「私もです。」

視線を交わすことなく、横に並び、1杯グラスを飲み干した後、
静かに、ラウンジを後にした。

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