『告白』
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【有希Side】

「ゆ、有希・・・?」

車内で偶然見かけた忘れられない顔は、私の呼びかけに振り返り、驚きの表情を浮かべている。

奈美だ、本当に奈美だ・・・。

私は自然と涙が流れ落ちた。

「有希、どうしてここに。」

私の涙を見てさらに驚きを隠せない奈美は、ただ呆然と立ちつくしている。
私も、驚きとこみ上げる思いに体がうまく動かない。

「奈美、本当に奈美だよね・・・。」

「有希・・・。」

少しずつ体がうごくようになる。
私は、全身に力を入れて、やっとの思いで、奈美の袖を掴んだ。

奈美の体が一瞬ビクッとこわばった。
それでも私は掴んだ手の力を緩めず言葉を紡ぐ。

「奈美、今時間ある? お願い、少しでいいから話がしたいの。 お願い!!」

涙目で切実な私の声に逆らえなかったのか、奈美は静かに頷いた。

奈美に今どこにいるの?と聞くと、この駅近くのホテルにしばらくいるとの事だった。
私たちは、とりあえず駅を出て、奈美の滞在しているホテル近くの喫茶店に入った。

5年ぶりの奈美と正面で向かい合う。

こうして、正面を向いて話しをするのは、あの夏の最後の日以来。

5年の月日は、奈美をとても大人っぽく女性っぽく成長させた。
それでも、奈美の面影は昔と何一つ変わっていなかったから、私は一目で奈美とわかった。

5年ぶりの奈美を一目で見つけられたのは、
私が奈美の事を忘れた日がなかったから。

ずっと、ずっとあの夏の日から後悔をしていたから。
夢で何度も、何十回も、奈美と会っていたから。
夢の中の奈美は、いつもあの日の同じ、とても哀しげな顔だった。

「5年ぶりだね。」

私は奈美の顔をみつめながら、喫茶店に入って初めて声を出した。

「そうだね。」

奈美の目はうつろで、その視線はテーブルの上のさまよっている。

「5年間、イギリスではどうしていたの?」

「んー、引っ越し先はいろんな商社とかから赴任している日本人が多い地域でね。
日本人学校があったから、そこへ通いながら英語を勉強して、
それからイギリスの大学へ入って、卒業をしたところ。」

静かに語る奈美の声は、5年前と何一つ変わらない。
5年前に戻れればいいのに・・・、そんな事をつい考えてしまう。

「こっちには就職しに戻ったの?」

自分の気持ちを悟られないように、さりげなく会話を続ける。

「うん、両親はまだ向こうにいるけど、私はこっちに戻るつもり。
 しばらく就職活動をしながら、住むところを見つけようと思って。」

「それじゃ、しばらくはホテル住まいなの?」

「といっても、長くて2週間くらいかな。
 それ以上長引きそうなら、ウィークリーマンションでも探すし。」

「そうなんだ。 それじゃ大変だね。」

「まぁ、その間久しぶりの日本でゆっくりするよ。」

話しながら奈美の表情が少しずつ落ち着いてきたのが解る。
さっきまでは、がちがちに緊張していたのがわかったけれど、
今は穏やかな表情になっている。

「ねぇ、奈美、あ、あのね・・・。」

「ん? なに?」

「あの日、どうして突然いなくなっちゃったの・・・。」

「・・・。」

せっかく穏やかになった奈美の表情がにわかに曇る。
この話題になると、そんな表情をさせてしまうのは解っていたけれど
それでも、どうしても5年前のあの日の事を話したかった。

「5年前のあの日の事、いまでも昨日の事のように覚えているの。」

奈美の目が喫茶店の窓の外を見つめているのが解る。
奈美の中では、もう遠い昔の事なのかもしれない。
そうかもしれないけれど、私は5年前のあの日の過ちを正したかった。

「あの日、奈美に突然言われた事、あの時は、突然すぎて理解できなかったの。
 だから、突然言われて、突然答えを求められて、答えられる訳なかったのに。
 なのに、奈美は私の話を聞きもしないで、そのままいなくなってしまった。」

運ばれた珈琲を一口飲み干し、私は言葉を続ける。

「私の中で、奈美との事は、あの日のままで止まっているの。
 ずっと、ずっと、この5年間。 あの日の事、後悔していたの。」

「有希・・・、 ごめん、悪いけどあの日の事は、忘れて欲しいの。」

私の言葉を遮った奈美の言葉は信じられないものだった。

「な、奈美? どうして? どうしてそんな事を言うの??」

私は目を見開き、奈美の顔を思わず睨み付けてしまう。
窓の外に向けられていた奈美の視線は、ゆっくりと私の前におかれた珈琲カップに注がれる。
感情的な私とは対照的に、静かに落ち着いた口調で奈美は言葉を紡いだ。

「有希、 私の話を聞いて。
 5年前、あの日私は有希に告白した。 私は有希の事が好きだったし、
 イギリスへ行くことが解っていたから、離れる前にはっきりさせたかったから。
 でも、今思うと、あれは私の自己満足で、有希の事を何一つ考えていなかった。
 強引に答えを迫って、しかも、奈美に強引にキスまでしてしまった。」

奈美は、重々しく言葉を口にしながら、テーブルの上に両手を祈るように両手を組む。

「5年間、ずっとあの日の事を後悔してる。 告白したことも、手紙を残した事も。
 今、有希の言葉を聞いて確信できた。 私は有希を5年前のあの日から縛り付けてしまった。
 ごめんなさい、謝りきれる事ではないけれど、有希にそんな思いをさせるつもりはなかった。

 だから・・・、だからもうあの日の事は、無かったことにして欲しいの。
 ごめんなさい・・・、本当に、ごめんなさい・・・。」

懺悔をするように、声を絞り出しながら俯いていた。

「奈美・・・。」

奈美は酷い。
5年間、あの日からずっと私は奈美の事を後悔し続けていたのに。
ずっと、ずっと、あの日の奈美の姿が目に焼き付いて離れなかったのに。
あの日の事を無かった事にしたいだなんて。

あの日の告白も、キスも、なかった事にして欲しいなんて。

「そう、奈美の中では、無かった事になっているんだね。
 私が5年間、ずっと抱えてきたものを、無かった事にして欲しいなんて言うんだね。」

自分で声が震えているのが解る。

「今日、偶然奈美を見つけて、5年ぶりにやっと、やっと逢えて嬉しかったのに。
 こんな話をしたかった訳じゃないのに・・・。」

「ゆ、有希・・・。」

私は泣いていた。 我慢できなかった。
こみ上げてくる悔しさと悲しさを押さえることができなくて、私は店を飛び出した。

「有希!!」

背中越しに奈美の声が聞こえる。 私はかまわず走る。

走って走って・・・、どのくらい走っただろう。
気が付くと駅に着いていた。

「なにやってんだろう・・・私。」

せっかく、5年ぶりに奈美に偶然会えたのに、いてもたってもいられなくなってしまった。
あの日から、ずっと私の中で消化できずに、抱えていたこの気持ちはどうすればいいんだろう。

改札を通ろうとしたとき、不意に肩を掴まれる。

「えっ?」

振り返ると、肩で息をしている奈美の顔がそこにあった。

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