『いつか、あなたの隣りに -浅野Side-』 |
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初めて彼女に出会ったのは去年の春。 彼女は似ていた、10年前の私に。 がむしゃらに働き、必死だった昔の私に。 そう感じたあの日から、いつも彼女を見守り続けた。 気付かれないように、悟られないように。 『いつか、あなたの隣りに =浅野Side=』 まだ、40前の私の下で働くことに抵抗感がある男性社員は少なくない。 それでも、私は彼らの上に立つ以上、彼らをまとめていかなければならない。 彼らの上で立ち続ける時、女である事を忘れなければならない。 女であることを忘れ、仕事に没頭する人生を私は選んだ。 この選択に後悔はない。 でも、時々一人でいることに疲れる時がある。 誰かに寄りかかりたいことがある。 だけど、それでも一人で前に進まなければならない。 それは私が決めたことだから。 そんな殺伐な日々を過ごしていたある日、彼女、森田さんが私の下に配属されてきた。 彼女自身、きっと私の元で働くことに不安を持っていたのだと思う。 彼女はまだ、28歳で、仕事の経験もそこそこ。 でも、この仕事に意欲的で、なにより真っ直ぐな性格、そして、何をするにも一所懸命で。 そんな姿を見ていると、いつしか昔の自分を彼女に重ねてしまう。 気が強く、反骨精神むき出して働いていた私の姿を、彼女に重ねるのは失礼なのかもしれない。 それでも、必死に与えられた仕事に向き合ってる姿は同じだと思う。 今とは違い、15年前は、こういったシステムエンジニアのような仕事を女性がすることを 男性は忌み嫌う風潮があった。男性の領分に入り込むな!と言わんばかりの嫌がらせや暴言を投げつけられた。 苦しい15年だった。 必死だった。 ここ数年で、気が付けば男女平等という風潮が当たり前になり、さほど仕事で蔑視を受けることもなくなってきた。 むしろ、会社としては男尊女卑という古いイメージを払拭したいのか、女性の扱いに積極的になって来ている。 そして、私は会社のそういったイメージを背負う羽目になり、課長という職位にいる。 けれど、アメリカ社会を取り入れ始めているが、現実はまだ男社会であることに違いはない。 そんな中、森田さんは昔の私さながらに働いている。 贔屓目でみるつもりはない。 でも、必死で真っ直ぐに働く彼女の姿を、いつしかそっと見守っていた。 彼女が、私と同じ苦しみを負わないように、彼女が傷つき壊れないように。 そうして、1年の月日が流れたある日、彼女が仕事のミスをした。 「すみません。あの、大和精鋼向けのプログラムを開発していた時に使っていたパソコンのHDDが壊れてしまって。 バックアップを取っていなくて・・・。 今週かけて復旧作業をしていたのですが・・・。」 彼女が使用していた、開発用パソコンのHDDが壊れるとは。運が悪かったとしか言いようがない。 でも運が無かったとはいえ、バックアップを取る事は常識。 森田さん自身のミスはミスである。 「確か、客先に提出するのは、プログラムだけじゃないわよね。 プログラム設計書の方はどうなっているの?」 「そ、それは・・・。」 案の定、文書の方はまだ手つかず・・・なのね。 「プログラムの復旧状況は?」 「復旧作業自体は終わっているんですが・・・、まだ、バグ(不具合)があり、完成していません。」 プログラムの復旧作業はとりあえず終わっている。 あとは若干の修正事項・・・。 現在の状況を彼女の口から報告を受け、しばらく考えた後、 「まずは自分のやるべきことをしなさい。」 私は彼女にこう告げた。 |
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