『いつか、あなたの隣りに』 |
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私は自分の机に戻り、少し温くなった缶コーヒーを口にした。 言われた事をしているのに、何一つ進んでいない事態に、自分が情けなくなる。 大きく溜息を突いてから、ふと、こんな時間にどうして浅野さんがまだ残っていたのかが気になった。 そして、浅野さんはどこへいったのだろう?と気になった時、ふとドアが開いて、浅野さんが部屋に入ってきた。 「設計書の方は、私の方で一応まとめておいたわ。 客先との打ち合わせ議事録と要望書を元に まとめたから、ほぼ内容はこれで合ってると思う。 悪いけど日曜にでも目を通しておいてちょうだい。」 「えっ? はっ? えぇぇっ???」 「何気の抜けた返事してるの。 客先に提出する設計書は私が作っておいたって事よ。」 「ど、どうして・・・。 それは、私が作るべき物だったのに・・。」 「どう考えたって、今のあなたに、設計書を作る余裕があるとは思わなかったわ。 あなたが概要を打ち込んだ 電子ファイルが、サーバーの中に入っているのは解っていたから、それを拝借して午後から作ったのよ。」 「あ、浅野さん・・・。」 「さぁ、あとはそっちのプログラムよ。 今の状況を教えてちょうだい。」 「えっ??」 「ほぼできてるのよね? あとは若干のバグ(不具合)でしょ。一緒に考えれば悪い所も見つかるわ。」 「は、はいっ!!」 浅野さんは、私の仕事をこの時間まで残ってフォローしてくれていた。 それは昼間突き放されたような冷たい対応をした彼女の行動からは、とても予想ができなくて、半ば夢を見てるよう。 あと残された土日で、徹夜しないと終わるはずがないと思っていたのに、それを今日の午後から今の時間で、 浅野さんは仕上げてしまった。私は浅野さんの仕事の凄さを目の当たりにした。 しかし、浅野さんの凄さは、これだけでは終わらなかった。 「このバグ(不具合)の原因を見つける為には、罠をいくつか仕掛けてその結果を調べる必要があるわ。 パソコンを貸しなさい。」 浅野さんはそう言うと、プログラムを書き換えて、結果からどこに原因があるかを調べ始めた。 私はただ黙って見ている事しかできなかった。 そして、30分後・・・。 「解ったわ。 修正個所は、6カ所。 今から説明するからしっかり聞いて。」 「は、はい!!」 浅野さんは、私が今まで何一つ手がかりをつかめずにいた問題を、いとも簡単に30分で見つけてしまった。 それは全て的確な事で、指示された通りに修正すると、全てが完璧で、正常動作していた。 「あ、ありがとうございます。 ほ、本当に、本当にありがとうございます・・・。」 私は涙を浮かべながら、言葉に詰まりながらお礼を口にして頭を下げた。 「お疲れ様。 これは、経験の差よ。 あなたがあと5年も頑張れば、私のようになるわ。」 浅野さんは、今まで見たことがないような穏やかな顔でそう言った。 その、その柔らかで穏やかな浅野さんの表情に、私は思わず見とれてしまった。 私が何も言えず、佇んでいると、その沈黙を浅野さんが破った。 「もう3時ね。 そういえば、森田さんはこの後どうするの? 電車も動いてないし、タクシーで帰るつもり?」 「あっ、いえ。 今日は会社で徹夜するつもりだったので。 このまま会社に泊まろうかと。」 「年頃の女の子が会社に徹夜で居残るなんて体に良くないわ。 私の部屋にいらっしゃい。」 「えっ? はい??」 「私はタクシーで家まで帰るから、一緒にいらっしゃいと言ってるのよ。」 浅野さんの部屋に泊まる?? はい??? そりゃ、浅野さんは一人暮らしだから問題ないのかもしれないけど、でも、そんな・・・、 いきなり部屋に泊まりなさいなんて・・・。浅野さんの事、苦手なのに・・・。 「ほら、ぼやぼやしてないで、いらっしゃい。」 「は、はい!!」 場の状況から断れるはずもなく、そのまま一緒にタクシーに乗り、浅野さんが住んでいるマンションにお邪魔した。 |
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