『いつか、あなたの隣りに』
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あの時、私は仕事で大きなミスをしてしまった。
お客さんへ提出するために1ヶ月かかって作成したプログラムが入ったパソコンが壊れてしまったのだ。

バックアップを取っていなかったのは私のミス。
一度作ったからとはいえ、1週間後にはそのプログラムの設計書を含めて客先に提出だったので
私は毎日深夜まで残りながらも再度プログラムを作成しなおしていた。

金曜日の今日を入れたあと3日前というところで、どうにか一通り復旧したつもりで完成したのだけれども、
正常動作せず、何が悪いのか、どこを直せばいいのか、わからなくなってしまい
作業がまったく進まなくなってしまった。
それだけではなく、プログラムと一緒に提出しなければならない設計書にほとんど手を着けていなかった。

浅野さんに状況を説明したとき、怒鳴られることを覚悟した。 怒鳴られたほうが楽だったのかもしれない。
浅野さんは声を荒げることもなく、“まずは自分のやるべきことをしなさい。”と静かに私にそう言った。

私は席に戻り、途方に暮れる他なかった。
もちろん、助けてもらおうだなんて思っていなかったし、何か期待していた訳でもなかった。
それなら何を期待していたのだろう。 私は自分のミスを誰かに叱られることで許されたかったのかもしれない。
でも、それで許されるほど、現実は甘くなかった。

その日の夜も、徹夜を覚悟で、プログラムの修正作業をしていた。
悩めば悩むほど、考えが行き詰まる。 全てが怪しく思えて、どこから手を着けていいか解らなくなる。
必死に完成させなければという焦りだけが先走って、結果が何一つ着いて来なかった。

何百回目か解らない動作確認で、正常動作しない事を確認した時、ふと時計を見ると時刻は2時を過ぎていた。

がっくりと肩を落とし、眠気覚ましに自動販売機で缶コーヒーを買った時、不意に背後から声を掛けられた。

「森田さん、まだ残っていたの?」

誰もいないと思っていた深夜の会社で、いきなり背後から声をかけられて、持っていた缶コーヒーを
危うく落としそうになるほど驚き、“きゃっ!!”と思わず声を上げてしまった。
咄嗟に振り返ると、そこには浅野さんが立っていた。

「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったのだけど。」

「いえ、誰もいるはずがないと思っていたので、つい声を上げてしまって。 すみません。」

「それより、例の仕事の件で、こんな遅くまで残っていたの?」

「あっ、はい・・・。自分の出来る限りの事をしようと思って。」

「確かに、私は昼間に、自分の出来る事をしなさいと言ったけど。でも、決して無理をしなさいとは言ってないわ。」

「でも・・・。」

「プログラムはどこまでできたの? 提出用のプログラム設計書の方は、どうなったの?」

「プログラムは・・・、まだ未完成で・・・。 設計書の方は、まだ概要だけしか・・・。」

「ふぅ〜・・・。 だと思ったわ。 まずは、その珈琲を飲んで一服してなさい。」

そう言い残すと、浅野さんは、暗い廊下へと姿を消した。

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