『 初恋 』
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一生に一度しかなくて、きっといつまでも忘れない。
それは初めての恋だから。




『 初 恋 』





「ねぇねぇ、西原先輩ってかっこいいよねぇ。」

同じ部活の友達にそう言われて、初めて私は西原先輩の存在を意識した。
剣道部の2年生の先輩。背が高くて色が白い人だなぁ、と思ったのが第一印象。
それ以外の事は、良く知らなかったから解らなかった。


剣道は上下関係を重んじる礼節の厳しい部活だったから、先輩に親しげに話しかける事など
出来るわけもなく、部活中はひたすら先輩方の稽古を見ていることしか出来なかった。


ある日、2年の先輩方が指導してくれることになった。
友達はみな西原先輩に教わりたがっていたけれど、幸か不幸か、西原先輩は私の所に来て
指導をしてくれた。竹刀の握り方、素振りの仕方、どれも基本的な事だったけれど、
決して運動神経が良くない私にとっては、この基本動作でも満足にできていなかったので
教わりながらとても恥ずかしかった。

竹刀を振りかぶった時の姿勢を先輩が直してくれた時、先輩の顔が間近にあり、
指導内容を耳元で間近に聞いた時、私の鼓動が耳元で鳴り響き、全身の血が急激に巡り出したのを感じた。

優しくて少し高めの声。胴着から見える袖下の白い腕。
初めて間近に見た、端正に整った彫りが深く鮮やかな顔立ち。


恋という言葉は、少女漫画などに出てくるものでしか知らなかった私は、このとまどった感情が
なんなのか解りもせず、怖くなってしまった。



その日から、私は部活中も部活外でも、西原先輩を目で追うようになってしまった。
見つけられれば安心するけれど、胸の奥も少し痛んだ。
試験中で部活がなくなると辛かった。部活で会えるのが当たり前だったから、1日会えなかっただけで、
胸がどうしようもなく苦しくなった。


そのうち、西原先輩の事ばかり考えてしまう自分は、恋をしていることに気が付いた。
でも、これは恋じゃないと否定したかった。
理由は、西原先輩は私と同じ女性だったから。
女の先輩を好きになることなんておかしいことぐらい解っていた。


思春期に同性に憧れることがあるという事を聞いたことがある。
だから、これは憧れだと自分に言い聞かせた。でも、この胸の苦しさと痛みとこみ上げてくる想いは、
憧れで片づけられないような気がしていた。


このままじゃいけない。
私は自分が人と違う感情を持ってしまった事に気が付いた。
これ以上気持ちがふくれあがるのが怖い。

私は西原先輩を見ないように、できるだけもう意識しないようにした。
けれど、気持ちは収まらなかったし、余計に想いが募る一方だった。


それでも見ているだけで良かった。
気持ちは日に日に大きくなるけれど、自分の抱いている感情は普通ではなく、
他の人に知られると軽蔑され、忌み嫌われることは理解していた。
だから自分の気持ちは誰にも言わず、ただ見つめているだけの恋だった。


挨拶をすれば先輩は笑顔で返してくれたし、時々指導もしてくれた。
普通に後輩に接してくれているだけなんだろうけど、私がこんな想いを抱えていても、
何も変わらず接してくれているだけで幸せだと思った。


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