『Cross roads』
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「なんでその人を好きになったのかは解らないの。 知らない間に好きになっていたわ。」

私は、ガラス越しに外を見ながらグラスを両手で抱え込み、少しずつ絞り出すように話しだした。
和美は黙って話を聞いていた。


私は気付かないうちに、和美の事を好きになっていた。
あの和美に救われた日から、私は和美が側にいることが当たり前だと思っていて。
和美に惹かれて、恋をしている事に気付かなくて。

自分では、大切な友達だと思っていた。 特別で、何にも代え難い大事な人だと。
私はこれを恋だと気付かずに、友達から紹介される人や、自分に告白してきた人とつき合った。

つきあい始めは、いつも楽しかった。 楽しくて嬉しくて、それを和美に話すと、和美も自分の事のように
喜んでくれている気がした。 恋人がいて、和美がいてくれて、私はそれで幸せだと思っていた。

それでも、つき合いが進んでいくうちに、何かが違う事に気付く。
楽しいはずの恋人との時間より、和美と過ごす時間が減ることに、知らないうちにストレスを感じるようになる。
知らないうちに、恋人と和美を比較してしまう。
和美よりも暖かく、安心する心地よいものを、誰も与えてはくれない。
抱かれる度に、心がどんどん凍り付いていく。 そして、私は恋人の前では笑えなくなっていった。

つき合いが破綻する頃には、私の心は凍てつき、ぬくもりだけを求め、そして和美に甘える。
素ではとても甘えられないからお酒の力を借りて、和美に甘えきる。
和美の優しさに甘え、暖かさに包まれて、私は自分の心を取り戻す。

何度も同じ事を繰り返しながらも、和美の事を好きになっている自分の気持ちには気付かなかった。



そしてある日、いつものようにお昼を一緒に食べている時に、和美が突然打ち明けてきた。

「あのね、私、勝村さんとつき合っているんだ。」

頭に雷が落ちたような衝撃を感じた。 一瞬何を言われたのか解らなくなった。
和美に恋人ができた。 私の頭の中でやっと解釈できた。
あまりの驚きに、一瞬声がでなかったけれど、本能的に私は祝福の言葉を述べていた。
口では、お祝いの言葉を述べながら、私の心の中では激しく動揺が広がっていった。

その日から、和美が日増しに女性らしくなっている気がしてくる。
今まで、近くにいた私しか知らなかった、和美の内面の穏やかさと優しさが表に出るようになっていた。
彼とつき合うことで、和美が変わってきている。 私にはそれがショックだった。

和美に恋人ができてから、私は和美の部屋に行くことはなかった。 行きたくなかった。
部屋の中に、彼の存在を感じてしまったら、私はどうなるか解らなかった。

いい大人のつき合いなのだから、きっともう進んでいるんだろう・・・。 そんな事を想像しては胸が軋む。

和美の相手の勝村さんは、私も知っている人だった。
落ち着いた人で、物腰が柔らかくて。 彼のことを悪くいう人はいなかった。
いい人だということは解っている。 和美がそれで幸せになれるなら、それに越したことはない。
自分をそう納得させようと思いながらも、違う想像に苦しめられる。

和美の唇に彼の指が触れる。 二人の顔が近づき幸せそうな顔でキスを交わす。

ヤメテッ!! 和美、そんな幸せそうな顔をしないで!!

和美の首筋に彼の手が触れる。  彼の唇が和美の首筋に落ちていく。
和美は目を閉じ、光悦に浸りながら彼を抱きしめる。

嫌!! お願い、ヤメテ!! お願い・・・、和美に、和美に触れないで!!

目を覆いながら祈るように私は泣き崩れる。
体中が冷たい血が流れ、全身の体温が奪われる。

やっと私は自分の和美への気持ちに気付いた。 和美の事を愛している自分の気持ちに。

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