【あなたに逢いたい】
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ドライブ帰りに、突然彩が、こう口にした。

− 和希知ってた? いっちゃん先輩、今北海道にいるんだって。

− えっ? 北海道??

− うん、この間のサークルの飲み会でさ、、いっちゃん先輩の友達って人が偶然居て・・・、
  今北海道にいるって聞いたよ?

− そうなんだ・・・。


知らなかった。
石川先輩が、今は北海道にいるなんて。

彩の運転する車の外に流れる風景を見ながら、懐かしく愛しい人の名前を耳にした事で、
昔の懐かしい思い出がゆっくりと思い甦る。





いっちゃん先輩こと、石川先輩は、高校の時の先輩。
憧れて、近づきたくて、とにかく好きで。

どうして、石川先輩が女性で、なぜ、自分も、同じ女性なのだろうと、
悔しくて、悲しくて、何度も先輩を想って泣いた夜。

気持ち悪がられると解っていても、もう抑えられなかった想いを先輩に打ち明けた夏の日。

一緒に行きたいと、我が儘を行って、無理矢理、先輩と見に行った花火大会。


最後のスターマインが打ち上がるその前、会場が沈黙に包まれたその瞬間、
先輩の手を握って伝えた言葉。

ぴくりと、先輩の手が一瞬震え、盛大に夜空が最後の光と轟音で華やいだ。


私の視界は、溢れ出る涙でその光が揺らぎ、全ての力が抜け落ちて、握っていた先輩の手を離した。


ただ、何も言わず、黙って夜空を見上げていても、溢れる涙はこらえきれず、頬を伝って流れ落ちた。



花火大会が終わり、他の観覧者が会場を後にする中、私たちはそのまま立ち尽くしていた。

しばらく時間が経って、先輩が沈黙を破る。

− 帰ろっか。

私の告白の答えではなかった言葉に、私は返事ができずにいると、
先輩は、離した私の手を取り、優しく握りしめる。

− ごめんね。 和希の気持ちに気付かなくて。

握られた手を引かれ、2人で歩き出す。

− でも・・・、 ありがとう。


先輩と過ごした最後の夏は、 ありがとう  という先輩の一言で、終わった。




先輩が高校を卒業したあの日、
笑顔で、携帯のアドレスと電話番号を書いた紙をそっと渡された。

いつでも連絡してね、と。




− ねぇ、いっちゃん先輩となんで連絡取らなくなったの?

窓の外をみて昔を思い返していると、信号待ちしている時に彩がそう呟いた。


− なんでかな・・・。
  それ以上優しくされたら、余計辛くなるから・・かな。


−そう・・・。


告白した私の気持ちを受け止めてくれて、
拒絶もしないで、接してくれた優しさは、叶う事のない想いを抱え続ける自分には逆に辛かった。


高校時代から、私が本気で先輩を想っていた事を知っていた彩は、それ以上何も言わなかった。





−じゃ、またね。

久しぶりに彩と再会して、ドライブに出かけた後、家まで送ってもらい、自分の部屋に戻る。

携帯を開き、一度も使用したことがない石川先輩の電話番号とアドレスを見つめる。



あれから、5年が過ぎた。

時間と共に、昔の想いは薄れ、生活が変わり始める。

この5年の間、恋愛において、浮いた話が無かった訳じゃない。
今も、告白されている相手がいる。

その人の事は、自分も好きだと思うし、大切な人だと認識もしてる。

けれど関係が進展しない理由が自分にあることも自覚している。


いままでつき合った相手とは、なんとなくで始まり、なんとなくでいつの間にか終わってきた。

その恋愛の終わりに執着したこともない。


けれど、今の相手の事は、きちんと考えようとしてる。

なのに、踏み切れない理由はどこにあるのか・・・?

そう考えていた矢先に耳にした先輩の名前だった。



携帯を机の上に置き、窓の外の月を見上げる。


  あなたは今・・・


冷たく澄んだ夜空に浮かぶ月は、淡く蒼く輝いていた。




それから3日後、偶然は続いた。
ひょんな事から、母親と北海道に行くことになった。

母親の友人が北海道で旅館をやっているらしく、そこに遊びに行く事になり、そのお供をすることになった。

一瞬、北海道と聞いた時は、先輩の事を聞いたばかりで、少し躊躇したけれど、
よくよく考えてみれば、広い北海道で出会う事など万が一にもないと考え直し、母親に同行した。




向かった先は、大きな市街で、交通の便も良い所だった。

昼過ぎ、旅館についたと同時に、大女将である母親の友人に熱烈な歓迎を受け、
かなり良い部屋に案内された。

そこで、一服した後、部屋に大女将が母親を訪ねに来たので
市街を散歩してくると言い残し、部屋を出た。



初めて来た土地を大通りに沿って歩いてみる。
観光客も多いようで、パンフレット片手に数人で歩く人とすれ違う。

通り沿いのお店を眺めながら1人で市街を歩いていると、ふと水族館が目に入った。


よく言う水族館ほど大きくはないものの、時間もあったので、少し覗いてみることにした。


入ってみると、予想していたよりもにこじんまりとしている。
余り広くないホール内を見渡すと、ペンギンのコーナーが目に付いた。

ガラス越しに近づいてみると、飼育員が丁度餌をやっている所だった。

小さなペンギンがよちよちと餌を強請っている姿が愛らしく
可愛いな、と思っていると、不意に飼育員が被っていた帽子を落としてしまった。



その時−



 ?!



息を飲んだ。



落とした帽子を拾い、浅めに被り直したその人は、間違えようもなく、あの人だった。


− 石川先輩



声にならない声で、名前をそっと呟いた。

こんな、偶然があることが信じられない。

こんな、奇跡が自分に訪れるなんて思っても見なかった。

ガラス越しに立っているその人は、間違いなく、昔恋い焦がれたその人。


会いたかったのか、会いたくなかったのか、この人を目の前にした今でも解らない。


それでも、言い様のない物が込み上げる。

5年前の淡く哀しい記憶がフラッシュバックする。



私が昔、恋い焦がれて好きだった人。

甦った過去の記憶の中の先輩と、
5年の歳月を越えた目の前の先輩。


思い返して、今その人を目の前にして、
懐かしさと切なさに身を切られる痛みが全身を走る。


あまりの驚きで動けずにいた時、もう1人の男性飼育員が入ってきた。

魚で一杯のバケツを一つ持ち、爽やかな笑顔で、
ごく自然に石川先輩の隣りに並び、なにやら嬉しそうに話しをしている。

ガラス越しで、何を話しているかは、解らない。

ただ、その瞬間・・・・、


 !!



息が出来なかった。

先輩が相手に向けた笑顔が、それは綺麗で・・・。

嬉しそうに、楽しそうに、そして、幸せそうなその笑顔は
学校で2年間先輩の側にいたのに、一度も見たことがなかった。




突然の衝撃で躰を震わせていると、

− あの、お客様? どうかされましたか??

− えっ?

背後から突然声を掛けられた。


訳が解らず、振り返った時に、ふと、頬を何かが伝っている事に気がついた。



 涙?



いつの間にか、自分の目から涙が溢れ、頬を伝っていた。


慌ててその場を取り繕い、係員には、コンタクトがずれたからと、適当に言い訳をして、
水族館を後にした。


慌てて飛び出したものの、脳裏に先ほどの先輩の笑顔が焼き付いて離れない。


歩きながら、どうして涙が零れたのかを考える。


会いたかった人に会えて感動したから?

    違う

知らない男性が、先輩と親しげで、怒りが込み上げたから?

    違う

先輩の隣りにいるのが自分じゃなくて、悔しかったから?

    違う



5年たった今、はっきりと失恋をしたから?

 それは少しあるかもしれない、でも、何か違う。


じゃぁ、何故?

    好きだった人が、幸せそうだったから?


!!


それだ・・・、

多分そうなんだ、

今でも忘れていないほど、好きだった人が、

見たこともない笑顔で、

幸せそうに笑っていたから、

本当に、本当に、嬉しかったんだ。



良かった・・・



ずっと心の片隅に残っていた一欠片の氷が静かに溶けていく。

この日、5年前の想いに終止符が打たれた。



歩きながら、今度は笑みが込み上げてくる。

なんだろう、この安心感は・・・

いままで支(つかえ)ていた物が、取り去られた開放感、
見えない鎖から解き放たれた開放感。

きっと、今、
片隅に引っかかっていた切ない恋の記憶が、思い出に変わったのだろう。


安堵感に包まれ、旅館に戻る道すがら、携帯を取り出し
今、衝動的に声が聞きたい人の番号に掛ける。

踏み切れなかった理由は、
心のどこかで、過去に捕らわれていた自分がいたから。

それから解き放たれた今、やっと、私は一歩踏み出せる。



− 和希? いま旅行に行ってるんじゃないの?

− うん、今、北海道。

− どうかしたの?

− うぅん、何もないけど・・・、あっ、あったかも。

− えっ!? 何かあったの?

− 彩・・・、逢いたい。

− へっ? はぁ??

− 彩に逢いたい。
  本当は、今すぐ帰って逢いに行きたい。

− えっ?? な、なに?? どうしたの??

− どうもしないよ。

   ただ・・・、

   ただ、今ものすごく、彩に逢いたい。


− 和希・・・。

   今まで、自分から逢いたいって行ってくれたことなかったのに、

   急に、どうしたの? 本当に、何があったの?


− そうだったっけ、今までごめん・・・。

   明日、空港に着いたら連絡する。

   そしたら、すぐに逢いに行くから。

   ちゃんと聞いて欲しい事があるの。


− それって、何の話し?


− 今電話だとうまく話せない。

   だから、明日ちゃんと話すから。


− ん・・・、分かった。 明日聞くね。


− うん。 あっ、あのね・・・。


− えっ?


− うぅん、何でもない。 それじゃ、明日。


− う、うん・・・。 じゃ、明日ね。




電話を切り、北の空を見上げる。


明日、彩に伝える事が一杯ある。

偶然に、石川先輩に出会った事、

先輩は、今相手がいて、とても幸せそうだった事、

幸せな先輩を見て、安心した事、


それと・・・


声が聞きたくなったのが、彩だということ、

今一番大切で、心の中にいる唯一の存在が、彩だということ、

これから一緒に居て欲しいと思う人は、あなただということを。




 今すぐに帰る事は無理だけど、

 明日には、帰ると分かっていても、

 本当は

 今すぐ

 あなたに逢いたい



=END=


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