『出せなかった手紙』 【手紙】先生-Side-
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 私は勇気がなかった。
 不器用で愛を伝える術を知らなかった。
 そしてたくさんのものを失ってきた。
 彼女からの言葉ですべてが許されたかのように思ってしまった。
 彼女は可愛い私の教え子。


 卒業式のその日、寒々とした桜の木の下で私は一通の手紙を受け取った。
 それは、ラブ・レター。

 愛を語る優しい言葉の羅列。
 こんなにも美しい言葉で、柔らかな心で愛を告げられたのは、初めてだった。
 ただただ、そこに綴られるのは純粋な恋慕。
 妥協も打算も見返りもなく、煌くような心が吹き込まれていた。

 一人の少女に愛される事によって私は急激に高潔な人間になったかのように感じた。
 勿論それはただの錯覚だけれど。


 私は返事の手紙を書く前に震える手で、引き出しから二枚の写真を取り出した。
 一枚は私に愛を告げてくれた稀有な存在である少女。

 もう一枚は過去の私とその恋人の写真だった。
 二度とは会えない、恋人。

 だからこそその思いは薄れる事も消えてなくなる事もなく、私の心の中心に今でもある。

 「ごめんなさい……」

 柔らかな春の日差しを浴びて幸せそうに笑いながらうたた寝をする少女の写真を
 そっと抱き締めて私は呟いた。

 この純粋な美しい心にどう返答すればいいのだろう。
 精一杯の誠実を返したい。
 私の中の精一杯の愛情を返したい。

 私は2年以上前に死に別れてしまった恋人の事を。
 そして失意の私が赴任した先で出会った一人の女生徒にどれほど慰められ、
 同性だった恋人の面影を重ねたか、切々と語った長い長い手紙を書いた。
 いかに彼女の素直で明るい笑顔に励まされたか。

 私が恋人と少女を重ねて見つめていたせいで、
 彼女は私を愛してくれたのかも知れないけれど。

 回顧録のように長い長い手紙をもう一度読み返して、私はそれを捨てた。

 彼女は私の懺悔を聞きたいわけではない。
 彼女に話すことによって心が軽くなるのは私で、
 その代わりにきっと彼女に重いものを押し付けてしまうことになるだろうから。


 「手紙読みました。
  私の事を好きになってくれてありがとう。
  2年間も、想い続けてくれてありがとう。

  あなたとの思い出は、私の中でも、とてもかけがえのない、大切なものです。
  これから、あなたは更にいろんな人との出会いがあるでしょう。
  その出会いのひとつひとつを大切にしてください。

  最後に、思い出の写真を送ります。
  いつか、また、会える日を楽しみにしています。 体には気を付けて。」


 私の感謝の心と大切な写真を封じ込めて短い短い手紙を送る。

 私達はこの先きっともう会うことはない。

 だからこそ今の正直な気持ちを彼女へ届けたい。
 ありったけの感謝と愛情を込めて――。


                                       2006/06/01 不知火あきら 
 




【かじ→不知火あきら様へ】

不知火さま、無理難題をお願いした所、こんな素敵な小説を書いていただけて本当に感謝です。
不知火さまへ差し上げた『手紙』が、恥ずかしくなってしまいました。本当にすみません。

今回、手紙を書かせて頂いて、本当は、先生Sideも自分で書くつもりでしたが、一度やってみたかった
別視点での別の方とのコラボ形式を、図々しくも不知火さまにお願いしました。

先生Sideは、大人の視点で、本当に切なさととまどいが見事としか言いようがありません。
私が書いた文面だけで、これだけ素敵な先生像を書き上げていただけて本当に嬉しいです。

先生Sideを書いていただいた後で、完結部を自分が書こうと思いましたが、返って野暮になる気が
しますのでこのままでいいような気がしています。

不知火さまのような、大人で落ち着いた小説を書けるようになりたいものです。

私の我が儘を聞いて下さって、本当にありがとうございました。

                                                    2006/06/05 かじ